起動

Awaken from a long long sleep.


「…このシステムは、現在完全に静止しています。メモリの内容を保持するために、

最小限の電流は内部の電源によって供給されていますが。

再び稼働させるためには、7人の人間が同時に同意する事が必要です。

…そして、そのうちの一人、そのパネルの前に立つべきなのは

夜神さん、貴方であると、Lは考えたようです。

…そのパネルだけは、貴方の指紋しか受け付けません。

他の6台がどんな人間でも受け入れるのに対し…

つまり、貴方の同意なしには、このシステムは復旧しないのです」

「しかし…キラを追い詰めるためのデータを積んだシステムを稼働するのに、

自分がキラと疑っていた者の同意を必要とさせるのは、腑に落ちないんだが…」

相沢が言った。

「…私も腑に落ちません。

ただ…Lの考えていた事は、なんとなくわかります。

彼は自分自身でキラを捕まえたかったんですよ。

こうして私たちに後を託すことになるなんて、不本意極まりなかった事でしょう。

しかし、万が一自分が倒れた場合であっても、

彼は自分の不在の現場でキラを捕まえさせたくなかったんです。

あの不格好な機械が、彼の分身ですよ。

…真実のキラが誰であろうと、Lがこの場所でキラとして告発しようとしたのは、

夜神月さん、なんです」

その場にいた全員の視線が月に注がれた。

一人、松田だけがすぐに気を取り直してニアを睨み付けた。

「ら、月君は、キラなんかじゃない…」

注目の青年はそんな回りの反応など気にした様子もなく、

正面の機械にどこか遠いまなざしを送っていた。

「…Lがどういう理由で、

彼が敵と信じた相手の同意を得られると確信していたのか知りませんが…

実際、夜神さんは協力してくれようとしています。

…不思議ですね?何故なんですか?」

呼び掛けられて、青年は漸くニアに視線を向けた。

「不思議でもなんでもありませんよ、ニア。

…僕はキラじゃない。

本当のキラを捕らえるためにも、自分にかけられた容疑を晴らすためにも、

捜査に協力するのは当然じゃないですか。

それに、あの竜崎の遺したデータですから」

ーーーーーー白々しい言葉を、よくもスラスラと涼しい顔で吐けるものだ。

ニアは内心独りごちた。

「…おしゃべりが過ぎました。

皆さん、パネルのランプが灯ったら、

私がいいと言うまでパネルに触れていてください。

…ここから先は、私も何が起こるのか、知りません」

発光ダイオードの青い光が 灯 ( とも ) り、月たちは指定された灰色の箇所に指で触れた。


数秒間が経った。

死んだように見えた箱の変化は劇的に起きた。

ピッという電子音がし、続いて何かモーターのような回転音が聞こえた。

側面のモニター全てが一瞬白く光り、

続いて滝のようなメッセージが下から上へと流れて行く。

様々な記憶装置の挿入箇所に付けられた発光ダイオードの赤や青、緑の光が

目まぐるしく点滅した。

ガラスの上部に開けられた穴からは、

ゴーッと言う音と共に空気が吐き出され、風となって空間を掻き乱した。

死神まで含めた全員が、不思議な感覚に囚われた。


ーーーーーー この場所は生きている。


部屋全体、建物全体が、本来の姿を取り戻したかのようだった。

まるで魔法で眠らされていた 荊 ( いばら ) の城が、数百年の眠りから覚めたかのように。

「…もう、いいです、手を離してください」

手をパネルからはずした時、月は初めてその指先が汗ばんでいることに気付いた。

モニタールームで、メロは全ての一部始終を見ていた。

モニター内の人々同様、メロもまた、不思議な感覚を味わった。

…何が変わったわけでもない。

一つの電子回路に火が入った、それだけのことだ。

それでいて、まるで自分が怪物の胃の中に入っているような錯覚を覚えるのは何故だ。


ーーーーーー L。あんたは、嬉しいのか?


カメラを調整し、夜神月の表情をアップにする。

狂喜の表情だ。

見ていて気分の良いものではない。

その隣りに、例の死神がいた。


一方のニアはというと、

一人だけ別の場所で、別の光景を見ているかのように、表情に変化はない。

それでも何故か、泣きそうな顔をしている、そう思った。

「…皆さん、ご協力ありがとうございます。

協力頂いた後に申し訳ないですが、

…しばらく私と夜神月さんだけにしてくれませんか」

ニアが低い声で言うと、途端に反論があちこちであがった。

「ニア…それでは!その、危険が…!」

「何故だ、ニア。

竜崎と一緒に捜査して来た我々にはそのデータの中身を知る権利だけでなく、

知る責任がある…!」

「ここまできて、何も得ずに帰れるわけがありませんよ…」

夜神月だけが、表情を変えていない。

ニアは 五月蠅 ( うるさ ) そうに顔をしかめた。

SPKのメンバーにも何も言っておかなかったから、彼らの心配はもっともだ。

夜神が二人きりになった瞬間にニアをくびり殺さない保証はないと

彼らは考えているだろう。

決してそうはならない、とニアが確信しているとしても、

それを証明する手立てなどない。



ーーーーーー 夜神は少なくとも私だけはノートでしか殺さない。



…おそらくは自らの手で。

何故、と聞かれても困る。


それは夜神が私をLの後継者と思っているからだ、

と言ったところで、到底納得は出来ないだろう。



「…申し訳ありませんが、言うとおりにして頂きたい。

…勝手な言い分ですが、あなた方の安全の為です。

キラには、あなた方の顔と名前、両方が知れている可能性があります。

それでもこれまで殺されなかったのは、

…あなた方がキラの脅威ではなかったからです。

しかし、データの内容によっては、

それを知るだけでキラの脅威となるかも知れません…

ですから、まずは私とあなた方の代表である夜神月さん…

現Lで内容を確認させて下さい。

もし皆さんに知らせても安全と判断しましたら、

その時に改めて、お呼び致します」

「しかし、ニア…!」

相沢が食い下がったがニアはそれを一喝した。

「…Mr.相沢、Lが大切にした捜査員であるあなた方を、

私が軽率な判断で失わせるようなことは出来ません。

あの世で彼に合わす顔がなくなります。

リドナー、ジェバンニ、あなた方もです。

私が理想的な上司でないことは認めますが、

それでも部下の命を粗末にする最低の人間にはしないでください」

「…わかりました、ニア…」

ジェバンニが呟いた。彼の長所は素朴さと素直さだな、とニアは思った。

「…リドナー、ジェバンニ、皆さんをこの階の会議室にお連れしてください。

…何かありましたら、内線をかけます。

ちなみにここは…」

「2301です」

「…はい。そちらでも何かありましたら、連絡して下さい

…Mr.松田、どうかしましたか」

「い、いえ、なんでも」

月は松田をにらんだ。松田はニアたちに見えない死神に小声でしゃべっていたのだ。

『リュークは残って月くんを守れよ』

『は?なんで俺が月を守らないとならないんだ?

でもなんか面白そうだし、俺はここにいるぜ』

ニアはそれ以上追及してこなかった。

最初から死神の存在に気付いていたニアの事だ、気にもならないのだろう。

…ニアはリュークが僕に協力しないと分かっている。

そしてそれは正しい。

元々こいつは傍観者、ただの狂言回しだ。

…しかし、世界を一変させることのできる狂言回しだ。

部屋に二人だけになるとニアは内側から鍵をかけた。

「私が怖いわけではなさそうですね、ニア」

「…もういい加減に、クサい芝居はよしませんか、キラ」

「…まだ僕をキラと決めつけるのは、早いんじゃないのかな。

データも見ていないのに」

月はガラスのケースに近付いた。金属の錠前のついた扉を細い指で指し示す。

「…次はこの鍵を開くのかい」

そう言って、錠前の近くに取り付けられたパネルに手を這わした。

その優しげな手つきに、逆に寒けがした。

「…よくおわかりで。その3つのパネルに触れるべき人間は限られてます」

「ふうん。一人は僕だね、間違いなく…。残りは二人…?

ああ、僕としたことが。

Lの真の後継者として指名されたのは、ニア、君だけかと思っていたよ。

メロもそうだったんだね…良かった。

危うく彼を父に殺させてしまうところだったよ」

「…Lを自らの手で殺せなかったことが、そんなに心残りですか」

月は氷のような視線をニアに送った。

「…僕はキラじゃない」

ニアはゆっくりとガラスの壁に付いたパネルのもう一つに向かった。

「…確かにこの部屋にはカメラやマイクが仕掛けられてますが。

…全員を始末する気なら、別に聞かれたって関係ないじゃないですか。

それとも…貴方が無実を訴えるのは、その機械に対してですか。

…それには目も耳もありません。

貴方の姿を見る事も、声を聞くことも、できませんよ」

小さな沈黙があった。

「…随分詰まらない事を言うんだね、ニア。

…そんな事は分かりきってる。

…竜崎は死んだ。

僕が知りたいのは彼の残したデータだけだ」

「…もう一人を呼ばないと箱は開きません」

月はガラス箱から離れると、左側の中二階がある方の壁際に近付いた。

そこの壁を指差して、ニアに笑みを送った。

「…僕は、慎重なタチでね」

ニアは思わず舌打ちをした。

「…ここの鍵だけじゃ不満なんですか」

憮然として壁に近付き、青年の示した場所を押してスライドさせた。

中にあるボタンを乱暴に叩く。

かすかにガチャン、と重たい音が聞こえた。

「もう一個もだよ」

という言葉に歯噛みしながらもう一つのボタンも押した。

…これで、ビルは完全に施錠された。外からの応援は望めない。

「…知ってるなら自分でやればいいじゃないですか」

内線が鳴った。

「…人ん家の秘密をあれこれいじるのは気が引けるよ。
…電話、出なくていいのかい」

「…白々しい…」

「じゃあ、僕が出ようかな?」

月はそう言うと大股で電話に近付き、ニアが動く前に受話器を取り上げてしまった。

「もしもし、どうしましたか?」

「あ、あの、リドナーです、この部屋に入ってすぐ、大きな音が…

鍵を、外からかけられてしまったようです」

「そんな馬鹿な。鍵がかかったとしても、内側から開けられるはずでしょう?」

「それが、ダメなんです。扉自体、びくともしません。

まるで鉄の檻に閉じ込められたみたいに…」

「…そうですか」

「あの…ニア、ですよね?」

「上司の声がわかりませんか?…私はキラですよ」

電話は絶句したあと、切れた。

「さて。これでようやく、邪魔されないですむね、ニア、そしてメロ」

月は何もない空間に向かって喋った。

「…出ておいでよ。どうせまだ僕との約束も、果たしてないんだろ。

この指令室には鍵がかかっているけど、君のいる部屋の奥にある階段を登ると、

指令室につながる中二階の部屋に出るはずだ。

そこからなら、入れるよ。ああ、ミサの存在をお忘れなく。

…暴れたら困るよ」

「…キラ」

中二階の扉は月が言い終わる前に開いた。

金髪の細い姿が、階段を見上げたニアの視界に写った。

メロはニアを見て、一瞬バツが悪そうに顔を逸らしたが、

すぐに強い視線を戻すと月を睨み付けた。

耳の辺りに手をやり、何かを 毟 ( むし ) り取り、階段下に向かって投げ付ける。

「…メロ…」

生きていた。

一瞬この状況を忘れそうになる。

月は足下に転がってきた小型イアフォンを踏み潰した。


「役者は大体、揃ったね…では始めるとしようか」


会話を交わす事なく、三人はパネルに向きあった。

既に入力を促すメッセージが液晶に浮かんでいる。

『Confirm the presence for Light Yagami』

(夜神月の存在を証明してください)


ーーーーーー こんな面白いものを遺してゆくなんて。


お前だけだよ、竜崎…。

メッセージに促されるままに、親指、人差し指、中指。

順に押し当てて行く。

それにしても…

「…ここまでして守らなければならないデータとは一体、なんなんだろう?」

思わず問が唇から漏れた。

途端に鋭い視線が両脇から跳んでくる。


金髪の少年は、悔しさと憎しみの籠ったそれを。

銀髪の少年は、怒りと哀しみの混じったそれを。


そうして計ったように、二人は同時に視線を落とした。


「… 彼 ( L ) が守りたかったものは、データなんかじゃありませんよ」

小さく呟かれた声は機械音に埋もれて、月の耳には届かなかった。




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