
撤収
"You set up a stage for our reunion."
ある一つの暗い部屋の中で、パソコンのモニター画面だけが四角い光を発していた。
必要最小限の設備だけが置かれた部屋。
パソコンとプリンターが机の上に置かれている以外、他には何もない。
ときおり、ピッという電子音がして、この空間に存在意義を与えている。
その他に静寂を乱すものはない。…
ボキッという鈍い音とともに、鋲をはめたメロの拳が鎖で拘束された青年の顔面にめりこんだ。
そのまま1mは軽く吹っ飛んでいく。
「なっ、いきなり何をするんだ」
驚くレスターが慌てて倒れたキラを抱え起こす。
完全に白目を剥いている。
「…メロ、よくやってくれました」
「!?」
「…レスター、キラを別室に。
猿轡をかませて、一言もしゃべらせないようにしてください」
「…ニア?」
「早く。全員死んでもいいんですか」
その言葉で、レスターは気を失った青年を抱えあげ、
「では、リビングの方に」
と言い残して出ていった。
「…いつ気付いた?」
扉を調べながら小声でメロが言った。
小さな機械を扉から取り外し、スイッチらしき物を操作したあと、
思いきり踏みつぶす。
その様子を確認してからニアは答えた。
「メロと同じくらいですよ。…33777444あたりでしょうか。
でもメロほど迅速には動けなかったでしょうね…見事な右ストレートです」
「しかし…声紋照合機を通信機にして暗号で名前を送るとは…」
「やれやれ。…私のファーストネーム、メロにばれちゃいましたね…」
「そんな事言ってる場合か?奴は目を持っているということだぞ。
それにどうするんだ、この扉は」
「…声紋照合を装って通信したのだとしたら、
そもそも、我々がここにいることすらキラの罠です。
そこに何かあったとしたってダミーに決まってます。
さっさとずらかりましょう。
もちろん、奴も連れて…。もう目を覚ましたでしょうか」
リビングに戻ると、レスターは猿轡を噛ませた青年に銃口を向けていた。
「今し方、意識がもどったところだ。
…どうしたんだニア、ノートはあったのか」
「レスター、今すぐここを退去します。リドナーとジェバンニにもそう伝えてください。
早くしないとまたキラ軍団が押し寄せて来ます」
「キラ!?キラはこいつでは?」
「そいつはキラ…夜神月ではありません。Xキラです。さぁ早く」
拘束されていた青年が目を見開いた。顔から奇妙な余裕が消えた。
「…ええ、もう引き返して下さい。顔は見られてないでしょうね?
…結構です。
戻って待機していてください」
「お前の替え玉は無事か…。マットはどうなる…?」
ハンドルを操りながらメロが言った。
助手席のニアは片膝を抱えた格好から半身をメロの方にねじった。
「大丈夫です、キラは私が人質のためにキラの言う事を聞くような人間でないと仮定して
この作戦を立てていたわけですから、
私の名前を首尾良くゲット出来なかったからといって、
腹いせに人質を殺したりはしませんよ。
…キラはそんなに馬鹿じゃない。
人質を取ったなら取ったで、最大限に活用しようとするはずです。
まぁマットの事は心配しない事です。最後の最後までは危険はありませんよ。
とにかく、まずはキラ…夜神月を押さえる事です」
メロはニアの言った事を吟味してから小さく息をついた。
「くそっ、どうしてここに来ることがわかったんだ…」
軽く舌打ちをする。無性にチョコが欲しかった。
「メロが偶然と思った偶然は必然だったということです。
…そうですね、『魅上照』」
ぞんざいにカーナビを設定しながら後ろを振りかえる。
「思い出しましたよ。キラ王国に何度か出ていましたよね。
…髪を染めたのはキラの指示ですか?」
後部座席の青年が微かに身動ぎした。
もっとも、目隠しを施され、座席にしっかりと拘束されていた状態では動くこともままならない。
外から中を覗き見ることのできる者がいたら、目を見張った事だろう。
当然のごとく、窓にはシールドが貼られていた。
「まんまと騙されましたよ。貴方も高田も演技派だったんですねぇ。
まさかあんな熱いラブシーンを演技でできるとは思いませんでしたよ…。
本当は、あそこに我々をおびき寄せる腹だったんでしょう?
メロに電話があってから、呼び出しの時間まで不思議と余裕があるとは思っていましたが…。
普通なら我々に考える間を与えないために、すぐに来いと言うはず。
わざとこちらに余裕を持たせたわけですね…。
それでも予定より我々の方が先に到着してしまったのでしょうが、
作戦自体に変更は必要なかった。
指示通り私が指定された場所に行くはずがないと、
キラは踏んでいたのですね…まぁあたりまえですけど。
行ったとしても、いつでもノート以外の方法で殺せますし、
それがキラの美学に合わないのであれば、わざと隙を与えて逃がし、
あのマンションの一室を探りあてらせればいい。
恐らくキラは私が全く動かないという可能性を第一に考えてたことでしょう。
脅迫は、単にメロと私に連絡を取り合わさせるための手段。
一方で貴方はメロにわざと捕まり、
ノートの隠し場所と思われてたあの場所に案内させられるようにしむける。
そうすれば、メロは必ず私に、キラを捕まえたと連絡する…」
「…俺は、お前が高田と会っていた現場を偶然見つけたと思ってた…。
お前達を尾行して、あの場所に辿り着いたと思ってた。
…ニアに監視されてるとは思わなかったけどな。
偶然発見したと思っていた場所は…実際はおびき寄せられていたんだ。
…それもこれも、この俺に、
魅上照が夜神月であることをニアに証明させるため…」
「なかなかやりますね。
確かに私はメロがそう言ったなら信じたでしょうし、実際信じました。
まぁカメラもありましたが、それだけなら、顔まで見せたかどうか…。
…思考を読まれましたね。
キラの作戦は、この部屋で私とメロが再会すること。
Xキラの…文字通り、目の、前で」
「なんとか言ったらどうだ、魅上」
「メロ、無茶言わないで下さい。…ではせめて口の拘束を解きましょう」
幾分乱暴に、ニアは魅上の猿轡を外してやった。
「気分はどうですか?メロがしたたかに殴りつけましたが」
「そんな事より、キラとマットの居場所を言え。ノートの場所もだ」
「………」
「だんまりですか?」
魅上は沈黙を決め込んだらしい。形のよい唇を堅く結んでいる。
「…どうせ後で言わせるさ」
ちらりとカーナビの画面を見て、メロはハンドルを切った。
バックミラーでレスターたちの乗った一台がついて来ている事を確認する。
夕闇が迫っていた。
昼間降っていた雨は塵を洗い流した後にやんで、空気には透明感が戻っている。
メロは片耳にはめたイヤホンの向きを直した。
ニアが魅上の部屋に仕掛けた盗聴器と繋がっている。
今し方までキラの配下と思わしき者達が、
メロ達の痕跡を検分している様子が聞こえて来ていた。
おそらくマンションの出入口は見張られていたのだろう。
自分のみならず、ニアの思考まで先回りしたキラの読みの鋭さに、メロは内心ひやりとした。
撤収する際に彼らが何も仕掛けて来なかったのは、
その時点では魅上の拘束はキラの「計画通り」だったからだろう。
しかし、メロに壊された通信機の残骸を見れば状況が変わったことにも気付いたろう。
すでにキラにはXキラが「本当に」捕まったことは知れているはずだ。
ニアの言うように、キラが人質に危害を加えるとは思えなかったが、やはり不安だった。
気付くとニアが会話を再開していた。
「魅上、知りたくはないですか?…どうしてばれたのか、と」
「…神の計画に落ち度があったとは思えない。私の演技が未熟だったのだろう」
知りたかったのだろう。
車に乗せられて初めて魅上は重い口を開いた。
「貴方の演技はなかなか見事でしたよ。
…いえ、作戦のせいでも、演技のせいでもありません。…そうですよね、メロ」
「…ああ、そうだな。助けられたな。…Lに…」
「!?!」
魅上の口が何か言いたげに開き、また閉じた。
「…扉を開けてくれたらLの事を教えると言いましたね。
まぁ中断したのはこちらの都合ですから、
お話しましょう。
約束は約束ですからね…」