GAME II SPK Side
Study on a Woman's mind
ニアが捜査本部に電話をかける少し前のこと。
「…ニア。やはり、ログは残っていません。
夜神月がアクセスに使っていたプログラムも、消されてます」
「…まぁ…そうでしょうね…」
幼い司令官はそう呟くと手に持った一枚の便箋に視線を落とした。
「…ニア、メロはキラの所に向かったと…?」
「はい、間違いないでしょう。昨日リドナーが見つけてくれた、
ここのシステムに仕掛けられたトロイの木馬を、メロは逆に利用したんです。
…おそらくマットの居場所を、それで突き止めてます」
「しかし、無謀だ。
人質は既に名前も顔も、奪われているのだろう?助けたとしても…」
「…メロはそういう人ですから。予測出来なかった私のミスです。
ログを消していったのは、一切の責任を自分で負うという決意表明です」
「し、しかし…」
「まだなんの連絡もないということは、
既にキラに捕まったと考えて、間違いないでしょう。…もしくは既に殺されているか」
リドナーが息を飲むのを横目にしながら、ニアはメロの顔写真を指ではじいた。
…メロの馬鹿。
早速Lの言いつけを破って。
せめて行き先を教えていてくれたなら…。
「まぁ、おそらく、
キラはメロをすぐに殺すより、私との取引に使おうとするでしょうから、
生きてる可能性の方が高いです」
「メロがキラに捕まったとしたら、
メロもまたノートで操られる可能性があるわけですよね?」
「…メロがそこまで馬鹿じゃない事を祈りますけどね。
キラの要求をおとなしく飲んでいてくれれば、まだ付け入る隙はありますが…」
ムキになって拒否すれば、躊躇なくキラはメロを殺すだろう。
正直なところ、メロがどう振る舞うか、わからなかった。
「しかし…Lのデータとかいうものを、本当に渡す気ですか?
…まだ、見つかってもいないのに?」
昨日一日、本部を探し続けたジェバンニとレスターは、
この要塞のトリックやトラップにほとほと手を焼いていた。
「…データは見つかります。
メロの残した手紙から、もう大体の見当はついてます。しかし…」
データを渡すだけでは、きっとすまない。キラの目的はLの後継者を殺す事…。
「…やられっぱなしでは面白くないので、こちらからもトラップを仕掛けましょう」
「トラップ…ですか」
「はい。物理的・心理的トラップの同時進行で行きます」
「物理的…とはここの本部のことか?」
「はい。日本捜査本部の人間は知らないはずです。
トラップを起動するスイッチは隠されてましたし、
我々がここに到着した時には切れていましたから」
「…えっ…?じゃあ、なぜ今入っているんですか」
「私が押したからに、決まってるじゃないですか」
絶句するSPKのメンバーを気にした風もなく、ニアは言葉を続けた。
「そして、心理的トラップの方ですが、…リドナー、協力してくれますか」
「自分ですか?」
「はい。私には、女心とやらは、よくわかりませんので」
正午。
特別に誂えられたキラ代理人のための豪華な控え室で、
午後のニュースのための原稿を読んでいると、
机に置かれたバッグの中から呼び出し音が聞えた。
高田清美は微かに眉をひそめた。
誰かしら。この呼び出し音は夜神君じゃない。
しばらく放置する。
いつもなら、仕事中に携帯の電源を入れておくことはしない。
ここ数日の例外的措置は、夜神からの指示を受けての事だった。
電話はしつこく鳴り続けている。
仕方ないわね…。
原稿を置いて電話を取り出した。
通知不可の表示にさらに眉をひそめる。
無視してしまおうか。
いや、もしかして夜神君が別の電話からかけているのかもしれない。
「もしもし?」
「高田清美さんですね」
「…あなたはどなた?」
「SPKのニアです」
思わず電話を取り落としそうになった。
SPKの連中が近付いてくるだろうとは、夜神から聞いていた。
しかしまさかそのトップから堂々と電話をかけてくるなんて。
ほとんど人に教えた事のない携帯番号を知っているとは流石、かなりの情報網だ。
「切らないで下さい」
高田の動揺に気付いたのか、素早く相手が言った。
「聞いておいた方が貴方のためでもあります。…高田さん、ですね」
「はい…」
「貴方のところに、ファンレターが届いているはずです。
一つ、消印のない大きな封筒があるはずですから、探してみてください。
差出人は、魅上照となっています。
貴方がキラの片棒を担いでいる証拠が、それに入っています」
ボイスチェンジャーで変えられた声は冷静だ。
カラカラになった喉に、高田は手をあてた。
『ニアには、僕が君に捜査のために近付いていることを既に伝えてある。
ニアの性格からして、その情報はメロにも伝わっているはずだ。
メロは僕の顔も魅上の顔も知らない。
奴に君らをつけさせる。
君と魅上をみて、魅上を僕だと思わせるのが狙いだ。
メロの言うことならば、ニアは信じるはずだ。
嫌な役目だとは思うけど、僕を信じて演(や)って欲しい』
『魅上さんを夜神君と…呼べばいいのね』
『そうだ』
ニアとメロを始末しそこなったと聞いた時から、覚悟はしていた。
彼らさえいなくなれば、たとえ記録メディア等に撮られたとしてもなんとでもなる、
夜神はそう言い、高田もそのとおりだと思っていた。
なにより、夜神の頼みなら断るわけにはいかなかった。
作戦はうまくいったかのように思えた。
ニアは魅上を、目を持たぬ第一のキラだと信じ、顔を見せた。
ところが、彼らはどういうわけか、暗号のトリックに気付き、逃げてしまった。
それを夜神から聞いたのは夕べのことだ。
『彼らから何か接触してきたら、しらばっくれるだけでいい。
ニアの口車にのせられたらダメだ』
『ええ、でも…』
『わかったね?清美?』
高田は携帯を握りこんだ。
「…何の話をされているのか、わかりませんわ」
「…お勉強だけできても、どうしようもないんですよ、高田さん。
もう、証拠があると言ったでしょう。
…いいですか、とりあえず今はあえてキラが本当は誰なのか、
などという話はやめましょう。
それでも、この証拠がある限り、
キラは魅上照、その共犯は高田清美、ということになるんです」
「………」
夕べ、夜神の指示で一旦ノートを包装してから、所有権を譲渡した。
自分が裁きをしていたなど、自身の書いた文書を見るまで信じられなかった。
それは所有権を放棄する前に、夜神が高田に書かせたものだった。
私は、ノートに人の名を書いて、彼らを殺した。
覚えてはいないけれど、それは事実。
『大丈夫だよ、清美。今の世情なら、彼らが映像や音声を公開しようと、
君をキラだと言って糾弾するものはごくわずかだ。
それに、ニアとメロはすぐに仕留めてみせる。
あと、2、3日のうちだよ。…安心していていい』
『私…どこまで、映ればいいの…』
リドナーの言っていた手を使ってみるか。
ニアは声のトーンを変えた。
「…構わないと、思っているんですか?
直にキラ特別法も施行されますしね?
キラであることが罪に問われることはない、そう、思っているんですか?
…じゃあ、ワイドショーネタの方がよろしいでしょうか。
我々にもまだ、味方はいないわけじゃないですよ。
神々の宴。神(キラ)と女神(高田)の淫美なる世界…」
「やめてください。…私に…どうしろと?」
プライドの高い高田にとって、
キラであることが世間に知れることよりも、
魅上との醜聞が漏れる方が手痛い打撃だろう、
といったリドナーの意見はどうやら当たっていたらしい。
「貴方にとっては、やりやすい事です。
ライバルを、蹴落としてやればいいだけですよ。
我々、弥の行方を知りたいんです。
呼び出してもらえますか?」
夜になって、ニアが憐れなロボットやら人形やらに苛々をぶつけはじめた頃、
ジェバンニの携帯に一本の電話がかかってきた。
発信元を見て、通話ボタンを押す。
「はい、SPKのジェバンニで…」
「はい、ニアです」
ジェバンニはあっけに取られて空になった自分の手を眺めた。
「MR.相沢ですか…。いえ。なんでも」
奪った張本人は言いながら傍らのゴム人形を拾いあげ、押しつぶしている。
回りのメンバーが後ずさった。
「…そのお気持ちには感謝しますが、残念ながらもう、手遅れですよ。
ご協力頂けることはありません。
…はい。…弥が?
…MR.相沢、今現在、弥がどこにいるのか、わかるのですか?
…そうですか…。…夜神の跡を…?
いえ、それは危険です、やめてください。
なるべく、刺激したくないんです。
気付かれたらMR.相沢が操られる可能性があります。
…しかし…えっ、MR.模木が。…なかなか、やりますね…。
…前言撤回します。ご協力お願いします」
ニアが少し姿勢を正したのを受けて、SPKメンバーは配置についた。
ヘッドセットを着用して、パネルのスイッチを回す。
二人の会話が流れてきた。
「…相沢と模木に感謝です。
これで私が倒れても、弥と高田の二人から夜神月がキラである証拠を手に入れる事ができます…。
レスター指揮官、そのときはお願いします」
「ニア…」
「わ、我々は…?」
「…レスターと私だけですから、顔が割れていないのは。
…ジェバンニとリドナーは私と一蓮托生です。
私が死んだら、その時は…覚悟しておいてください。すみません」
唾を飲み込んだ二人をニアは無表情のまま見つめ、
それから顔を伏せて、再び人形を取り上げた。
戦況は頗(すこぶ)る悪い。
現実に、自分が名前を取られる確率は70%以上だと思った。
相手はキラとメロの両方だ。
隠れることは出来る。しかし、そうしたらキラは躊躇なくメロを殺すだろう。
キラがメロを生かしている理由はただ一つ。
自分の名前をメロが奪える可能性があると考えているからだ。
これは、賭けだ。
キラはおそらく、自分でノートに自分達の名前を書きこむわけではないだろう。
ノートを持ってくるなんて危険なことをするはずがないし、
最後までこちらに証拠をつかませないように、神経を使ってくる。
だから、おそらくは奴のかわりにノートに…知ってか知らずか、
名前を書き込むことになるだろう、
二人の候補者を抑えることは有効な策だ。
しかし、キラが二人だけを使うと、限ったわけでもない…
こちらが持っている切り札はLのデータだけだ。
あれを手に入れるまでは、少なくとも殺されることはないだろう。
何故かキラが異様に執着しているそのデータをちらつかせながら、
突破口を見つけるしかない。
Lもこの恐怖と戦った。
自分を殺すかも知れない男と手錠で繋がることを、敢えて選んだL。
貴方は本当に、正義なんて抽象的で曖昧なもののために、命を懸けたんですか。
いつだったろう。あれもLの授業だった。
何がきっかけだったか…多分、私が質問したのだろう。
遠くを見ながらポツリと、探偵の漏らした一言。
『Lとは所詮、抽象的なものに仕える存在ですよ。
しかし、それが私の存在意義なら、それに疑問を投げかけたって無意味です。
Lはすでに個人じゃないんですよ。
個人としての私は、既にこの世に存在していないんです』
『…私たちは、どうなんですか。貴方は私たちにとっては、個人じゃないんですか』
『…嬉しいことを、言ってくれますね。
しかし、実のところ私はどうでもいいんです。個人だろうがなかろうが。
…すみません。少しLを、やりすぎたのかもしれませんね』
『…メロにそんなこと言ったら、ダメですよ…』
『言いませんよ。ニアにだから、言えるんです』
私はメロがいなかったら、今、ここにいないかもしれない。
ため息をついた。
今、過去を振りかえっていてもどうしようもない。
明日、Lを殺した相手と、顔を突き合わせるのだ。
一体どんな奴なのだろう。
夜神月とは。
あのLを、おそらくは、個人に戻した男。