GAME II 恋敵/Matt & Misa
Why don't you just ask him?
ふらりと入ってきた少女の顔が、心なしか青いことにマットは気付いて、
叩こうと思っていた軽口を引っ込めた。
手ぶらだから、食事時というわけではなさそうだ。
ここはキラの隠れ家の一つらしい。
ミサは何か夜神に命令されてでもいるのか、こちらに移ってから仕事にもでかけず、
別室でテレビらしきものを見るか、時折マットの様子を見にきたりして、
閑をつぶしていた。
マット自身、いい気分とはとても言い難かった。
夜更けまでメロとワイミーズ時代の思い出話で盛り上がり、
ようやく眠りに落ちたと思ったら起こされて、
メロ一人を倉庫に残したまま、ここに連れてこられた。
少し前に、宅配便らしき訪問があったきり、なんの動きもない。
「…どったの、ミサちゃん。顔色悪いぜ」
「…そう?」
妙に気の抜けたような気怠(けだる)い物言いは日頃のミサらしくない。
悪いもんでも食ったのかと言いそうになった口をかろうじて引っ込めた。
どうも様子がおかしい。
大体、愚問ではないか…?
「あのさぁ…婚姻届ってさぁ…簡単に出せる?」
「へ?」
「婚姻届。結婚申込書みたいなやつ?役所に届けるでしょ。
あれって簡単に出せるものかなぁ…」
「…俺に日本の法律を聞かないでくれる?」
「そんなの聞いてないよ!」
ミサが声を荒げたのでマットはびびってあとずさった。
なんだなんだ、なんだってんだ。
「ミサが言ってるのは心情的なもの。
…マットくん、彼女いるでしょ?
もし結婚してとか言われたら…すぐ、婚姻届、書く?」
「いやいやいや、いないけどさ…。まぁ、書くと思うよ?
もしその子の事好きで、一生一緒にいたいって思ったらさ…
ってか、なんでそんな事、俺に聞くの。
…ついに惚れてくれた?」
堅い雰囲気を和ませようとして言った最後のマットの台詞をさらっと流して、
ミサは神妙な顔をした。
「そっか…好きだったら、か…」
「ミサちゃん、スルーはないんじゃない…」
ミサはソファにどっと腰を降ろした。
華奢な膝が目の前だ。
--------おいおいお嬢さん。見えそうなんですけど。
「あのね、月のことなんだけど」
誰にともなくミサはしゃべり始めた。
「前にばらしちゃったけどさぁ。月ってキラ事件の捜査官なの。
それで、すんごく忙しいの。でも、しょうがないじゃない?
ミサ、ずっと我慢してきたんだ。
…捜査のために、清美と仲良くしなきゃなんないって言われた時も、
ちゃんと、我慢したんだよ。
でもさぁ。…仲良くって…結婚までしないと、いけないのかな」
真剣な瞳がマットの方を向いた。
慰めたほうがいいのだろうか。それとも否定して欲しいのか?
まいったな…
「う~ん、まぁ、ちょ、ちょっといきすぎな気もするなぁ。うん、たしかに」
「…だよねぇ。
ミサ、月のこと信じてるけど、清美がすぐばれるようなちゃちな嘘つくとも、
思えないんだよね…あの女、たぬきだからさ」
思わずプッとマットは吹き出した。
「なんか、言われたの?その、清美ちゃんに」
ミサは裸足の足を伸ばして、床に落ちていたぬいぐるみをつっついた。
この部屋には暖房がないからと言って、何匹か抱えてきてくれた、
カイロ入りのものだ。
高田からは、昨日の昼に一度、電話があった。
この間の食事では、大変失礼した、出来れば明日また会いたいと。
お詫びの印に、NHNのドラマのヒロイン役に推薦してもいいとまで言われた。
--------何よ、急に。気持ち悪いったら。
どうせ、月と別れろとか、そういうくだらない事言い出すに決まってる。
『悪いけど、ミサ、ハリウッド女優だから。明日も、仕事あるし』
そう言って断った。
妙に必死になっちゃって。馬鹿な女。
捜査に利用されてるだけだって事にも気付かないの…。
月には高田から電話があった事は言ってない。
以前、高田と会った時にこっぴどく叱られたし、
月がそういう事で煩わされるのが嫌いだということも知っている。
大体、ここ数日は月の指示以外で月に電話をかけること自体、禁じられていた。
高田の事はそれっきり忘れていた。
思い出したきっかけは、少し前に届いた宅配便だ。
今日はミサにして欲しい重要な用件があるから、
隠れ家でマットを見張りながら待機していて欲しい、
そう言われたから、仕事もキャンセルして待っていたのだ。(ジャンキーと一緒に!)
どんな用件なのか、月は教えてくれなかった。
正午に一度、ミサから連絡を月にいれる。
そうしたら折り返し指示をくれることになっていた。
宅配便が来た時はてっきりその用件に関係したことだと思った。
この場所を知っているのは、僕とミサだけだと月は言った。
だから当然、月が何か送って来たのだと思った。
それなのに、態度の悪い業者は小さな包みをなかなか渡してくれなかった。
『夜神月さん本人でないとお渡しはできないんですよ』
月がそんな事を言うはずがない。
押し問答のあげく、ミサは言った。
『ミサは月の婚約者なんだから!家族なの!』
配達人はきょとんとした顔をした。
『…しかし、依頼人の方も夫に直接、とおっしゃったんですが』
『依頼人…って、月じゃないの?』
『ええ、女性ですよ。なんとあの、高田清美様ですよ。
夜神様とやら、うらやましい。あんな美しい女性を妻にできるなんて…』
結局強引に荷物は受け取ったが、
混乱したミサは月の言いつけを破って、荷物の札にあった番号に電話をした。
--------もしもし?
--------弥ですけど。
--------あら…弥さん。昨日は突然、会いたいなんて言ってごめんなさい…。
--------あなた、うちに変な荷物送ったでしょう。
-------- …夜神君に頼まれたものですけど。
まさか、勝手に開けたりしてないでしょうね…。夜神君、怒りますよ。
--------あんたが嘘つくから、受け取りに苦労したわよ。
--------嘘?…なんのことかしら。
--------自分、月の奥さんだって言ったでしょ。
言っとくけど、あとで泣いても知らないわよ。月が本当に好きなのは、ミサなんだから。
--------…どこから仕入れた情報かは知らないけど、嘘なんかついてません。
今日、籍を入れたんです、私達。
--------嘘…!
--------信じなくても私達は一向に構わないわ。
事実なんですから。
でもまだ、マスコミには言わないでいてくれないかしら。
--------あんた、今日私と話したいって、そのことだったの。
--------え?あっ…ええ。
…そういえば弥さん、今日はお仕事だったんじゃなかったかしら?
-------- どうとでもなるわ。
「…利用されてるのは、ミサだって。
証拠を見せなさいよって言ったら、婚姻届の写しを見せるって…これから…」
「あぢゃ~…」
「…だから、ミサ少し出かけて来るから。月には内緒にしておいてね」
ミサは立ちあがった。
「っていうか、直接本人に聞いてみればいいんじゃん?」
「…今キラを追い詰める重要な時期だから、
絶対こっちから指定された時間以外、連絡とっちゃいけないって言われてる。
…ミサ、前に疑われてたことがあるから、危ないって。
この場所に来てからは携帯の電源もいれるなって言われてるくらい。
それに月はね、そういうことしつこく聞かれるの、大嫌いなの。だから…」
「じゃあ…その届いた荷物は?結局なんだったわけ」
立ち去りかけていたミサは振り向いて口をへの字にした。
「さぁ?見てない。
月が頼んだってのが本当なら、勝手にみたら叱られるよ…」
「禁止事項、多くて大変だなぁ…。
でもどうせ、お言いつけに背いて出かけるんだろう?
確認してみりゃいいじゃねえか。…やつの本当の気持ちが知りたいんだろ?」
「…わかんない。知りたい気もするし、知りたくない気もする。
どっちにしたってミサの気持ちは変わらない…。けど…。…お化粧してくる」
「おう、…頑張れよ」
パタパタと軽い足音を立てていったミサに、マットは溜息をついた。
なんでまた俺は、エールを送ってんだろうな、
この、キラだったかもしれない女に?
まぁ、いいや…
数十分後、戻ってきたミサは、化粧のせいか、だいぶ自信を取り戻したように見えた。
「じゃあ、行って来るね」
「おう。…例のもの、見てみた?」
「…ううん。月のこと、信じてみる。ありがとうマット、…元気づけてくれて」
軽く頬にキスされた。
「…ほっぺなの?ミサちゃん」
「文句ある?」
「ありません…」
タイトスカートから伸びる女優らしい細足を颯爽と捌(さば)いて、ミサはでていった。
なんとなく気疲れを感じて、やれやれ、とマットは呟いた。
重苦しい気分が再びやってきた。
今頃、メロはLの捜査本部にキラとともに侵入しているのだろう。
--------あいつ、本気でニアの名前をキラに教える気だろうか。
あり得る気がした。
どちらにせよ、キラにはメロを生かしておくつもりはない。
そしてメロもそれを知っている。
メロの性格からして、ノートに操られて積年のライバルの名前を書くよりは、
自分の意思で書く方を選ぶだろう。
--------Lの選んだ、二人の後継者が、俺のせいで…
くそっ。なんとかして方法はないものか。
とりあえずここを脱出しなければ。
とは言え、誰の助けも当てにはできない。
さっきミサは夜神の指示で、ここでは携帯の電源もいれていないといった。
携帯のGPS機能により、この場所をニア達に特定されないためだろう。
--------全く、抜け目のない奴だ…キラって奴は。
しかし、チャンスは今しかない。
幸い、倉庫にいた時に比べ、拘束は厳しくなく、多少は動ける。
とはいえ、手の届くところにあるのは、カイロの詰まった縫いぐるみと、
朝方運ばれて、食べたあとそのままになっている、食事の盆くらいだ。
叫んでも、この防音を施された最新のマンション設備では、
気付いてもらえるか、甚だ怪しい。
ふと、少し離れたところにある机の上のスタンドのコードが
ギリギリ届く範囲にあることに気がついた。
チャンスは一度。
--------いけるかな?
下手すりゃ俺までお陀仏だが…。
まぁ。
ニアもメロも、Lのあとを継いで、キラのために命を張った。
俺もワイミーズの端くれだしな。
こんくらいはしないと、天国行った時にワイミーのじいちゃんに
静かにどやされるかもしれないしな。
--------ミサちゃん、かわいいけど、
もし嫁さんにしてくれと言われたら、躊躇するな、俺は…
顔をしかめて、
マットはまだ焦げ臭い匂いのしているベーコンエッグの皿を歯で引き寄せた。