Welcome to L's fortress.


来客用の駐車場に車をいれて降りると、月は灰色の建物を見上げた。

滑らかで硬質な外装に覆われた、人を寄せ付けぬ雰囲気の建築物。

夜ならば、少なくともニア達のいる最上階には明かりが灯るのだろうが、

今は曇り空と境界のなくなった壁面は人の手を経て建てられたことなど

まるで忘れたかのように、一切の人間との関わりを否定していた。

それでいて、中では様々な人間くさい思惑やら感情やらが渦巻いているのだろう。


ーーーーーーまるで、お前を体現してるみたいじゃないか。

表面は平静を装って、その実中身はドロドロの思考と嵐のような情熱に侵されている。

ーーーーーー そんな、熱い男に見えますか、私が。

ーーーーーー 思うし、見えるよ。

以前言われた台詞を返してやると、彼は喉の奥で笑った。

どこか自嘲的な笑いだった。

ーーーーーー 月くんに見透かされるようじゃ、お終いですね。



…ああ、お終いだよ。

駐車場に面した裏口の扉に軽く手を触れてみる。

当然のように、そこにはロックがかかっていた。

入口はここと、相沢たちがもう来てるだろう   正面の2か所。

ニアのことだから、メロのパスコードを無効にしたりはしないだろう。

ニアも竜崎と同じ、相手を挑発し、飛び込ませて捕獲するといったタイプだからだ。

ーーーーーー この城は、眠っている。

例えニアやメロが、ここを機能させてここで活動したとしても、

やはり眠ったままだったろう。

しかし、今日は特別だ…

堅い石の壁に、手を添わせてみた。

ーーーーーー 冷たい。

もう2度と、目覚めることはないと思っていた。

久しぶりの昂揚感を味わう。

ーーーーーー 竜崎、お前の隠した秘密を、暴いてやる。

そして、お前の遺した、お前の目障りな分身たちも、綺麗に片付けてやる。

急に眩暈がして、月は壁に倒れかかった。

外気に冷やされた壁に体温を奪われる。

リアルな感触が蘇った。

肩に食い込んだ指先の圧力。

二人分のシャツの厚さを通して伝わった温度と、

預けられた身体の重さ。

目を見開き、怒りも苦痛も後悔すら見せず、

ただひたすら最期まで喰い入るように自分を見つめていた男の顔ーーーーーー 



あれから世界は急速にキラ信仰に傾いて行き、それは月に充実感と喜びをもたらした。

しかし、これから先どんな瞬間がやって来ても、

あれほどの昂揚と至福を感じることはないだろう。

視線も感情も、そして生命も、

あの男の発する全てのベクトルが自分に向かって注がれていた瞬間。


ーーーーーー あの時、僕は確かに生きていた。

あいつの命を吸い尽くしながら…

ごくりと唾を飲み込む。

冷えて行く肌と逆に、鳩尾の辺りは熱く、痛みを感じるほどだ。

意味もなく、大声で叫びたかった。

しかし何を?

ぽっかりと思考に穴が空く。

見上げると遥か先に、空に溶け込んだビルの端っこが見えた。

『そんなに乗り出したら、危ないですよ』

見開かれた瞳と、差し出された手。

ーーーーーー また余計な事を考えてしまいそうだ。

月は少し乱暴に首を振った。

ーーーーーー 冷静にならなければ。

こんなのはただの通過点に過ぎない。

未来のこと、今日が過ぎた先の時間に無理やり思考を切り換えた。

途端にまた、津波のように重い退屈が襲って来る。

どんな緊張やピンチに晒されている時も、

楽しさや喜びを感じる瞬間でさえ、

あれからいつも自分の底には逃れようのない退屈が根を張っている。

唯一退屈を忘れさせてくれる男が、消しても消しても思考を占領しようとする。

目を閉じて、月は灰色の壁に額を押しつけた。

ーーーーーー 退屈だよ、竜崎。

退屈で退屈で死にそうだ。




「なんのために、こんなに待たせるんでしょうね?」

「ああ…何か、意図があるのだろうが…」

ジェバンニにゴージャスな応接室に案内されてから、もう1時間近くが経過していた。

高価なソファに落ち着かぬ様子の松田が

先ほどから立ち上がっては部屋をぐるぐると歩きまわり、

またソファに戻って座るというのを繰り返している。

以前ここで捜査していた頃、来客などあった事はないから、

月以外の捜査員たちがこの部屋に来た事はなかった。

黒い死神は「やっぱり住むならこんな部屋がいいな」

とのたまって、「死神のくせに」と松田につっこみを入れられている。

月は部屋の暖炉の前に立ち、おそらく大変稀少なアンティークであろう、

マントルピースに並べられた、優雅な曲線を描く細工物たちを眺めていた。

暖炉といっても、ここは高層ビルの一室だから、飾りものに過ぎない。

ワタリの趣味だったのだろうか。

「ボディチェックも受けたし、通信機器も預けた。

…なかなか警戒心が強いようだな、ニアも…」

「でも、相沢さんと模木さんは既に会ってるんでしょう?」

松田が口を尖らした。

「…監視されてるんですよ」

暖炉の上に置かれたからくり時計を手に取りながら月が言った。

「ノートで操られている者がいないか、様子見といったところでしょう。

…僕もいることですし」

「月くん…」

ーーーーーー メロの侵入確認と、その対応…

ミサの居場所の探索…といったところか。

無駄だよ、ニア。

メロにはここのセキュリティは効かない。

そして、ミサも高田も僕を裏切らない。

指で針をくるりとまわしてやると、文字盤についた小さな窓が開き、

青い小鳥が飛び出して来る。

それを手前に引くと、カランカランとベルの音がして、
文字盤全体がわずかに下にずれた。

「な、なんですか、今の音?」

松田がきょろきょろと辺りを見回した。

「…からくり時計ですよ。と言っても単純な物ですが。

ここが秘密の隠し場所になってるんです」

文字盤を開きながら、月は言った。

中から瀟洒(しょうしゃ)な紙にくるまれたボンボンがいくつか出てくる。

「…これは…」

「まだ、溶けてないですね。

…お一つどうぞ、と言いたいところですが、もう4、5年前の物ですから。

…僕が勧めていいものでもないし。このままにしておきましょう」

そっと文字盤を閉める。

青い小鳥は巣に戻った。

「面白い物を見つけましたね」

聞き覚えのない声は部屋の後方、背後からやってきた。

弱冠金属的だが、キンキンしているわけではない。

不思議な響きを持つ声だと思った。

月はゆっくり、持っていた時計をまた元の場所に戻した。

それから、声の方を振り向いた。

視線と視線がぶつかった。

続き部屋への扉が開いており、そこに一人の少年が、

2人の捜査員を従えて立っている。

「お待たせしました。…ニアです。Lの牙城(そうさほんぶ)に、ようこそ」

一瞬、竜崎が現れたのかと思った。

独特のオーラと、喋り口調。

感情の読み取れない瞳。

しかし、外見だけなら、ニアは竜崎に似ているとは言えなかったかもしれない。

全身白尽くめの服を纏(まと)ったその姿は、

モノクロの映画から抜け出て来たかのように色という色を拒絶している。

銀色の髪とわずかに色の乗った唇、

暗いグレーの瞳に微かに含まれるブルーが、

辛うじて彼を現実の存在足らしめていた。

その、不躾(ぶしつけ)な凝視の代わりに微笑みを与えたなら、

天使と呼んだとしても大袈裟ではなかったろう。

月は心の中でかぶりを振った。

ーーーーーー 違う。似ていない。

竜崎は決して目の前にいる少年のような、天界よりの使者ではなかった。

あれは地から捏(こ)ねられたもの。

熱い血と心臓を備え、死すべき運命にありながら神に反旗を翻し、

戦い敗れた愚かな人間。

…これが、お前の切り札か、竜崎。

ふと憐れみにも似た感情が、少年に対して湧きあがった。

ニアもメロもノートを拾った頃の月と同じ位の年頃だろう。

死ぬ事をさほど恐れない、恐れる事を知らない年代だ。

だから、そんなに真っ直ぐに、

これから自分に死を与えるとわかっている者を、見つめてくる。

「ニア、紹介しよう。こちらが捜査本部の松田桃太、そして…」

「夜神月さん、ですね。初めまして」

「…初めまして、夜神月です」

部屋に'彼'が入って来た時から、

ニアは自分がその青年から視線を外せないことに気付いていた。

FBIの資料には写真がついていなかった。

しかし、見知らぬ2人の青年のどちらが夜神であるか、

監視カメラに写った瞬間に、ニアは確信を持った。

ーーーーーー この世に完璧な人間など、いやしない。

しかし、夜神月…

お前は完璧すぎる。

実際にその姿を見、声を聞くにつけ、その思いは強まった。

そして、対極的な姿でありながら、何かしらLを想起させる雰囲気。

それはニアを不快にさせた。

もはや、疑いの余地はない。

証拠はなくとも、彼がキラだ。

何故Lがキラに負けたのか、漠然とだがわかった気がした。

「現Lですね」

「はい」

「ここに残されたデータを解明するために、協力して頂けますか」

「私も皆も、そのつもりでここに来ました、ニア」

二人とも同じ種類の人間だ、とニアは思った。

人間という魔物の、深淵を覗き込んでしまった者達。

その魔物と常に向き合い続けて来た彼らはまた、

自身の内でも魔物を飼っている。

…夜神月は、その闇に喰われたのだとばかり、思っていた。

しかし違った、と今彼を見て思う。

Lがその名の示すとおり、輝ける者として

闇の影響を跳ね返す光の存在だったとしたら、

夜神月は光も闇も、透過することによってその影響を受けない、

透明な存在だった。

それはガラスのように脆いとも、水晶のように硬いとも、

どちらとも言える気がした。

ーーーーーー Lは、この透明な存在を照らそうとして、自らを焼き尽してしまったのか。

ふとそんな事を考え、考えてしまった自分に嫌気がさした。

抽象的で感傷的な喩(たと)え話なんてくだらない。

思考を混乱させ、制御を効き難くするだけだ。

「では早速、データの収納場所にお連れします。時間もあまりないことですし」

相沢と松田は眉を寄せた。まだ昼前だ。それに遅れてきたのはニア達ではないか?

「…ああ、そういえば」

ニアはいぶかしむ捜査員達の間に目を彷徨わせた。

「…死神…さんも来ているのでしょうか。…先ほど挨拶するのを忘れたので」


周囲の壁にマイクが仕掛けられていない事を確認してから、

メロは耳元のダイアルを回して聞こえて来る音量を調整した。

夜神は自分自身にマイクをつけているらしい。

ニアのチェックをくぐり抜けたところをみると、よほど精巧に隠してあるのだろう。

夜神が警察の情報部にいて、特殊な通信システムを開発していたことをメロは思い出した。

…これを聞いて、タイミングは自分で計れという事か。

本部にいるSPKのメンバーはニアとハル、それにジェバンニらしい。

レスターの行方が気にかかったが、マットと共に奪われた、

NHNを張るSPKメンバーの映像に、レスターは入っていない事を考えると、

ニアが、自分がやられた時のスペアとして残しているのだろうということは予測できた。

建物の中に彼らだけだとしたら、

キラの言う目的を達するには全員が指令室に入ってからだ。

ーーーーーー はたして自分の行動は夜神に伝わるだろうか。

バイクに乗る前に、イヤホンとカメラをこめかみの辺りに仕掛けられた。

しかし、カメラのよこす映像を見るためにはモニターがいる。

さすがにニアの目を盗んでそれを持ち歩くのは無理だろう。

つまり、少なくとも今現在、監視している者はキラ本人ではなく、

単なる配下だということだ。

ならば、いくらでも誤魔化しようはある…。

地下へと向かった。

キラは、Lを継ぐ者の名に異様に拘(こだわ)っている。

ニアの名を手にいれるまで、極力俺を生かしておきたいはずだ。

それはこちらにとってはチャンスになる。

ーーーーーー ニアに、最後の呪文を唱えさせてはならない。

メロは胸元のクロスを握った。

ーーーーーー L、力を貸してくれ。

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