暗号

This place was his home.



「ここは…」

エレベーターに乗ってやってきた最上階は、赤い光で満たされていた。

金属のような壁にレーザーが反射する光景はまるで映画の中のようで、

相沢たちは目を見張った。

「…すみません、今警報装置を解除します。リドナー、セキュリティを」

「はい」

リドナーは手慣れた操作で手元のリモコンを操作した。

赤い光が消え、かわりに青っぽい蛍光灯の明かりが灯った。

「今のは…」

「…データを引き出しますので、セキュリティを強化しています。

他にも外部からの侵入を防ぐ為の仕掛けを2重3重にしています」

「す、すごいっすね…」

「…こちらがデータのある部屋の入口になります」

ニアは一つの扉を示した。

「ここは…しかし…」

「皆さんにとっては懐かしい場所ですか。

…Lが指揮を取っていた、指令室でしたよね」

「でも、ここにデータを隠していたなら、いくらなんでも気付くと思うんですけど…」

「Lの隠し場所は目に見える場所だけとは限りませんよ。

…みなさん、この部屋のパスコードを、覚えてらっしゃいますか」

壁のパネルを開くとニアは振り向いた。

「え、えっと、なんだっけな…」

「確か4桁の数字とアルファベットで…」

「221Bです。…ワイミーズハウスの、住所の最後の4文字です」

月が答えて、ニアはうなずいた。

「そうです」

「あ…そうだ、 向こう ( イギリス ) に行った時、なんか聞き覚えのある番号だと思ったんです…」

「…Lはあそこの出身だったんですか」

月の問いにニアは肩を竦めてみせた。

「…さぁ?知りません。少なくとも私と同じ時期にはそこの生徒ではありませんでした。

…しかし、彼にとってあそこが特別な場所であった事は確かです。

ここに、その番地をつけたことからも、それはわかります。

また…逆の事もわかりますよ」

ニアは再びパネルの方を向き、月達に背を向けた。

くるりと指に銀の髪を巻き付ける。

「逆…とは?」

「…ここもまた、Lにとって特別な場所だったという事です。

彼はここにワイミーズハウスの番地をつけて、部屋の鍵としました。

…しかし、実はここには隠れたもう一つの暗号が存在するのです。

…知りたいですか?」

沈黙を守る月をしばらく窺ってから、松田が恐る恐る、

教えて下さい、と言った。

「…短い単語ですよ。アルファベット4文字。

…みなさんが彼をどう思っていたのか知りませんし、

特に知りたくもありませんが、彼があなた方捜査本部をどう思っていたか、

この暗証番号だけでわかります。

彼が設定したもう一つの 鍵 ( コード ) は、 

H-O-M-E。

Home、です。 

Lはこの部屋に入る度に、彼にとっての二つの故郷を、

重ねて想っていたんでしょうね…」

ピ、ピ、ピ、ピ、

と緩慢な動作でキーを押すニアを、本部の人間達は俯いて見守った。

ーーーーーーもっともっと、いつものニアらしく、

皮肉を利かせて、嫌味ったらしく言ってくれたらいいのに…。

同じく自分には皮肉ばかりを言っていた名探偵を思い出す。

ストレートな皮肉でいい、竜崎の声をもう一度聞きたいと、唇を噛みながら松田は思った。



レーザー探知機がそこかしこに仕掛けられていることは既に気付いていた。

ーーーーーー この階にくるまでに解除したトラップは8つ。

中にはメロの知らなかった物もあった。

メロが出ていったあと、ニアがキラ対策の為に、詳細に調べたのだろう。

正確には、調べさせたのだろう…レスターとジェバンニに。

ーーーーーー ニアはほんとの最後の最後まで、俺を泳がすつもりなのか。

ニアが何を考えているのか、今ほど知りたいと思ったことはない。

ベルトには地下の武器庫で手に入れた短銃がある。

俺にセキュリティを破られる事が避けられなかったとしても、

もし武器を手にしてほしくなかったのなら、中身を別の場所に移してしまえばいいことだ。

つまりは…わざとなんだろう。

そこまではわかった。が、その先が分からなかった。

俺にキラを殺れということなのか?

階段を登る足が止まった。

…らしくない。

ニアらしくない。

追い詰められたからといって、自分の信条に反するような事を、

ニアがするとは思えなかった。

その辺は悔しいが、Lと似ている。

ーーーーーー 俺とは違う。

手段を選ばず、キラを殺してもLの敵をとりたいと思っていた俺とは…。

ニアは証拠を挙げてキラをあくまで正当な方法で捕まえたいと思っていた筈だ。

…多分Lのためにも。

いくら不利な条件でも、キラを簡単に道連れにするような結末を、

ニアが選ぶはずはない。

それくらいなら、自分やメロが死んでも、証拠をあげる道を選ぶはずだ。

だとしたら、この武器が狙うべきものは、キラではない…という事になる。

メロは眉を寄せた。

非常階段のスペースから出て、エレベーターの表示を確認する。

…まだ動きはない。

地下とここをもう一度往復する時間は残されていそうだ。

…ここは9F、往復合計、20階分か。

まぁ、初めてここに来た時にくらべれば、マシだ…

最後、ニアを引きずるようにして登ったことを思いだし、思わず苦笑がもれる。

そんな自分を戒めると、メロは軽いフットワークで階段を駆け降りた。



開いた扉の向こうを覗いて、相沢たちは目を見開いた。

彼らの知っている指令室は、すっかり様変わりしていた。

スクリーンの反射を避けるためにモニターの並んだデスクの上に釣り下がっていた天井が、

床にまで降りて来ている。

丁度、中二階と同じ位置にぶら下がっていたはずのそれは、どこから現れたのだろう、

その上の巨大なガラスの箱によって押し潰されるような格好になっていた。

ガラスの壁面には何ヵ所か、パネルのようなものがついている。

そして透明な壁に守られるようにして、

その中に何とも言えない奇妙な形状の、金属の物体が鎮座していた。

このガラスの箱に向かい合うようにーーーーーー つまり入ってきた月たちの正面に、

人が立つべきなのだろうか、小さな教壇とパネルが置かれ、

さらにこれを側面から挟むような形で、

モダンだがどことなく厳めしい椅子が左右に3つずつ並んでいた。

それぞれの椅子の前の床からは、金属の棒が生えており、

その先端に教壇と同じようなパネルがついている。

「これは一体…」

「…ニアがやったのか?」

「私はこんな悪趣味な模様替えなど、しませんよ」

ためらいがちに手前の教壇やパネルに気をとられている相沢たちを尻目に、

いち早くガラスの箱に駆け寄った月が、その表面を調べた。

厚い防弾ガラスだ。

一か所に頑丈な金属の錠の着いた扉がある。 

近寄ったので中の金属の物体がよく見えた。

モニターパネルやらボタンやらが付着しているが、全て、電気が通っている気配はない。

巨大コンピュータだ。


ーーーーーー 竜崎は、竜崎は、この中にいる。


「…パンドラの箱ですよ。…良くも悪くも」

いつの間にか月の横に白い少年が来ていた。

「…この箱にあった、ほとんどのデータは、消えています」

「…何故、それがわかりますか」

「…かつて、Lの様々な伝説を聞くうちで、

彼の思考の全てはデータ化されて残されているという噂を聞いた事があります。

もちろん、全てというのはデマでしょう…

せいぜい事件を解決するに至る思考のプロセスを残していた、というくらいだと思います」

「…別に不思議な事じゃない…。

チェスや将棋の名手の手をデータ化するのは当たり前の話ですから。

…それより、何故データがここに残ってないと?」

「何故って、貴方は見たのでしょう?

ワタリが最期の力をふり絞って『ALL DATA DELETION』のボタンを押し、

データが消えるその瞬間を?

…ここにはもう、Lの記憶はありませんよ、…残念ながら」

最後のセリフにはまごう事なき悪意が込められていたが、

月はかろうじてニアを睨み付けるだけにとどめた。

「…では、何が残っていると言うんです。

貴方は先程、ほとんどのデータは、と言いました。

まさか我々に無駄足を運ばせたわけでもないでしょう」

「それをこれから探すんじゃないですか」

月に背を向け、並んだ椅子の一つに歩き出しながらニアは言った。

「皆さんも、席に着いて下さい。

…夜神さんは、そちら正面の台の方に」

ぞろぞろと歩き出した人々を見て、月は呟いた。

「…なるほど。これは裁判なのか。僕が被告人で、この機械が裁判長だと言いたいのか…」

「…どっちが被告で、どっちが裁判官かは、わかりませんがね。

…でも、パンドラの箱に最後まで残っていたのは、『希望』、です」

始めましょうとニアが言うのと同時に、7人の頭上で重い鐘のような音が響いた。




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