取引

I'll give you mine. Spare them.


外の光は見えないが、日が落ちてから結構経っていることは倉庫の気温からわかる。

かなり寒い。ずり落ちた毛布をマットは口で直した。

「ふぅ。じゃあ、今はニアと協力してるんだな」

「…協力ってほどじゃないけど。

あいつとケンカすんのがLの望みじゃないって事はわかったからな」

夕食を運んできたミサが帰り、

取り残されたマットとメロは鎖で拘束されている事をのぞけば、

囚われの身とは思えぬほどまったりとした時を過ごしていた。

「そっか…。まぁ、それがいいと俺も思うぜ。お前達が協力しあったら最強だよ。

俺達みんな、お前らが組めばいいのにってずっと思ってたからな」

「…マジかよ?でも言っとくけど、ニアのこと完全に信用なんかしてないぜ。

あいつはまだ俺のこと嫌いなはずだし」

「えっ…?お前、ひょっとしていまだに、ニアに嫌われてるとか…思ってるわけ?」

「当たり前だろ。いくらLの手紙に協力しろってあったからって、

そんな急に仲良くできるもんか」

マットはニアに同情した。

メロは繊細なくせに、妙に鈍感なところがある。

ワイミーズハウスにいた時から確かに二人は成績上では競っていたが、

ニアがメロに好意を持っていることは、

ちょっと勘の鋭い子供であればすぐに気付くことだった。

…というより、ニアとメロ以外のほとんどの子供が知っていたはずだ。

   変なところで抜けてる奴等…

「いやいや。なんでもないさ。

…話は変わるけど、メロ、お前いつもそのロザリオ、してるのな」

「…信心深いんだ」

「嘘つけ。お前がミサで祈ってるところ、見た事ないぜ。

…少なくとも昔はな。

それ、院にいた頃からしてたよな。…Lにもらったんだろ?」

「…」

メロは返事をするかわりに胸元に視線を落とした。

何重にもなった鎖の上に黒檀のロザリオが微かな抵抗のように揺れている。

「…もう、時効だろうな…。

Lに会ったことは、誰にも言っちゃいけないって、言われてたんだ」

メロは何か迷ってるようだった。

「Lに?」

「いや。…ロジャーと、サー・キルシュ・ワイミーにさ。

…フフフ。おかしいんだぜ。奴等、自分の孫ほどの子供にかしずいてるんだ。

…まぁ、納得するけどな、あの人になら」

「Lって…そんな若かったのか?」

「俺たちと、多分5、6歳しか違わないよ。

…でも、俺が初めて会った時、あの人はすでにLだった。

…マット、覚えてるか?あの頃のLに関する噂話の数々?」

「ああ…なんか突拍子もないやつとかあったな…なんだっけ、

砂糖壺にあった角砂糖を全部食っちまったとか…」

「ペンは親指と人差し指で摘んで持って、そのまま字を書く、とかな」

「みんなで試してみたよな~。…誰も出来なかったけどさ」

「そうそう。でも、そういう噂、…全部本当なんだぜ~!

もう、ほんと、突拍子もない人なんだって!」

「ふうん。面白そうな話だね」

突然、静かな声が割込んで、二人ははじかれたように振り返った。

暗がりにある木製の箱に腰掛けていた人影がゆっくり立ち上がる所だった。

「キラ…」

マットがつぶやく。

いつからそこにいたのだろう。

まるで存在を感じさせなかった。

メロは仇敵の姿を睨んだ。

…こいつが、キラ。

俺たちのLを、殺した…

光の当たる場所に出てきた青年は彫像のようだった。

無駄の一切ない均整のとれた体。

すべてのパーツがバランスよく納まった硬質な顔。

つややかなはしばみ色の髪。同じ色の瞳は水に濡れたように光っている。

夜神月は美しい青年だった。

一目見ただけでは、この優しげな笑みを浮かべる青年が、

稀代の大量殺人者であることなど、到底信じられない。

しかし、そのガラス玉のような瞳の奥に、

何かとてつもなく「間違った」ものがあることに、

少し訓練を積んだ人間なら気付いただろう。

メロもそれに気がついた。

そして戦慄した。

「…やぁ、メロ。はじめまして。

もっとも、僕の方ははじめましてじゃないんだけどね。

君が眠っていたものだから…」

「白々しい…お前が仕組んだんだろ。

俺がここに来るよう、わざと情報を流したな…」

「よく気付いたねと褒めてあげたいとこだけど、気付くのが遅すぎたね。

… 友達 (ニア )が心配していたよ。

竜崎が遺したデータを、君のために僕に譲り渡そうというくらいにね」

メロは唇を噛んだ。

…なんだって…?

Lの手紙を置いてきたことが逆効果になるとは。

まさかニアが取引に乗るなんて…

俺の、ために?

「…さっきの話の続きをしてよ。面白そうだったじゃないか」

夜神はメロの前にゆっくりしゃがみこんだ。

   Lの座り方だ。

こいつ、わざと…

顔に血が上るのがわかった。

「お前とLの話をする気はない、キラ」

夜神はゆっくりとスーツの懐に手を差し入れた。

「…じゃあ、こいつの話でもしようか、メロ」

抜き出した手には黒い表紙のノート。

メロはごくりと唾をのみこんだ。

シドウのノートに似ていたが、表紙にはなんの文字もついていない。

「…リューク」

涼しい目をした青年は、背後の空間を振り返った。

「…二人に、僕の相棒を紹介するよ」

そう言うと、ノートでマットとメロの顎をなぞった。

「うわっ…!」

死神を見たことのないマットが短い悲鳴をあげた。

夜神の後ろには異形の怪物が立っていた。

「マジかよ…。勘弁してよ、こーいうの…」

「リューク。僕は昨日高田からもう一冊のノートの所有権を譲ってもらった。

だからこちらのノートの所有権を手放しても、記憶は失わないな?」

「ああ、そのはず…いや、絶対そうだ」

ギロリと睨まれて死神は慌てて訂正した。

どうやら力関係は歴然としているようだ。

「いいか、メロ。…僕はこれからこのノートの所有権を君に移す」

「…俺に死神と目の取引をしろって言うのか…」

「ああ、そうだよ」

「ま、待てよキラ。目にするのは俺のはずだ…!」

「…君はメロのための囮だったんだ。しかしメロはもう来てくれてる。

そして残念ながら、君ではニアは動かない。

メロでないと…Lの後継者でないと、ニアは取引に応じない。

だから気は進まないけど、

メロに目になってもらって、ニアの名前を見てもらうんだ」

「ふざけんなよ、お前。メロがそんな命令きくとでも思うのかよ…」

メロは俯いている。

何を考えてるのか、表情は読めない。

マットは焦った。

対する夜神はほとんど表情を変えない。まるで退屈しているかのようだ。

「…竜崎のデータが欲しいんだ、僕は。

君達は邪魔だけど、

いつでも殺せる状態であればべつに生かしてやっていてもいい。

…もちろん、凶悪犯として一生自由にはさせてあげられないけどね」

「冗談じゃない、お前の飼い犬になるくらいなら死んだ方がましだ。

おいメロ、何黙ってるんだよ…」

「…俺が断っても、キラは単に俺が取引をする、

とノートに書いて俺を操ればいいだけだ。

…このゲームはつかまった時点で、アウトなんだよ…。

…夜神。俺の命はくれてやる。

ニアとマットは名前だけで勘弁してやれ」

「フッ。2番とはいえ、さすがにワイミーズのL候補は優秀だね。

…交渉の仕方を心得てる。

つまんない意地をはって自分と仲間の死を確実にするより、

僕の言うことを聞いてでも生き延びて、僅かな逆転の可能性にかける…。

正しい選択だと思うよ。

もっとも、この状態で切れるカードが他にあるとも思えないけどね。

…その諦めの悪さ、気にいったよ」

誰かさんにそっくりだ、

と心の中で付け加える。

「…いいだろう。

君はニアの名前を僕に教える。

それでマット君は開放してやるよ。

ニアは無理だけどね。

…じゃあ、決意が変わらぬうちに、やってもらおうか」

「メロ、やめろっ…。どうせこいつは俺たちを殺すつもりなんだ…っ」

マットは夜神に詰め寄ろうとしたが、壁に繋れた鎖によって阻まれた。

「…リューク、僕はこのノートの所有権を放棄し、

ここにいる者、ミハエル=ケールに譲渡する…」

リュークはメロに向き直った。

「たった今からお前がノートの所有者だ。

わかっているだろうが、代償は、残り寿命の半分だ。

…目の、取引をするか…?」

「…ああ、頼む」

「メロッ…」

マットが叫んだ。

死神はほんの短い間、メロの目に手をかざした。

「…すんだぞ」

「メロ、大丈夫か、メロ…?」

マットは絶望的な気持ちになった。

自分が掴まったせいだ…。

「メロ、簡単なテストだ。マット君の本名を言ってごらん」

「…Mail=Jeevas」

「正解だ。その調子で、ニアも頼むよ。

明日にはマット君は別の場所に移す。

…今度はもちろん、ヒントはなしだ」

うなだれるマットに夜神は視線を移した。

「悪いけど、メロがニアの名前をおとなしく寄越すまで、

もう少しミサの料理に付き合ってくれ」

「…夜神月、俺はお前にノートで殺される前に食あたりで死ぬよ」

クスクスと夜神は笑った。

優雅な動作で立ち上がりながら、

床に置かれていたカンデラを取り上げて燈をともす。

ついてもなさそうな服の埃を払った。

「今夜はもう邪魔しないよ。二人で話せる最後の時間だからね。

…灯を置いて行くよ」

カンデラを二人の近くの床に置くと、死神を従えて歩き去った。



「マット…。泣くなよ」

夜神が去ってしばらくしてからメロが言った。

「泣いてねえよ」

「…ゴーグルに水が溜まってるぞ」

「…くそ。…前が見えない…」

「…取ってやろうか?」

「どうやって」

マットはジャラジャラと後ろ手につながれた鎖を鳴らしてみせた。

それに対してメロはガチガチと歯を鳴らしてみせた。

「…よだれたらすなよ」

「失礼な奴だな」

こめかみのあたりの止め金を外そうとメロは顔を近付けた。

ふとその動きが止まる。

「…どうした、メロ?あ、俺昨日風呂入ってないから…臭い?」

「黙れ、馬鹿」

ゴーグルに何か奇妙なものがついていた。

メロはその不審なものに齧り付いた。

ゴーグルから外れてカチャンと床に落ちる。

「…なんだ、これ」

「…小型カメラだ…。

…マット、俺がこうして掴まったのはむしろラッキーだったのかもしれない」

「は?」

「…もし、お前を連れて逃げていたら、俺の顔はいずれこいつに写されて、

多分死神と取引する間もなく殺されてただろう。

…もちろんマット、お前もだ。

夜神が俺にニアの名前を読ませるなんて悪趣味なこと、思い付く前にな」

「はぁ…。まぁ、言ってる事はわからんでもないが、

それをラッキーとまで言えるお前がわからないよ、俺は…

で、取ってくれないの、これ」

「あ、ごめん」

ゴーグルが外れると、マットはパチパチと目をしばたいた。

赤い目がますます赤い。

「…ウサギみたいだ」

「言うな」

しばらく夜神が残していった灯を、黙って二人で見ていた。

橙色の柔らかい光。

「…なんかさ。変な言い方だけど…懐かしいな」

「俺も思い出してたとこ」

「…あれ、お前のせいだよな」

「直接の原因となったのは俺だけど、元はと言えばメロが誘ったからだぜ」

「…そうだっけ。

…あん時初めてロジャーを恐ろしいと思ったよな」

「冗談抜きで。普通、10にも満たないガキを鎖で縛らないよなぁ。

まぁ、放校されなかっただけましか…」

「あれは、…Lが口きいてくれたんだ」

マットは短く口笛を吹いた。

「…マジでお前、Lに愛されてたんだなぁ…」

メロは黙った。

Lが生きていたら、やっぱりあの時と同じように、

この牢獄から救ってくれるだろうか。


『むしろ、牢に放り込む方が本業なんですけどね?』


飄々とした声を思い出して思わず顔がほころんだ。

「…進歩ないなぁ、俺たち。10年経ってもおんなじ事繰り返してるなんて…」

「全くだ」

メロは重い鎖に引きずられるように身を倒した。

真似してマットも横になる。

夜神が倉庫の電気を消していったせいで、見上げる高い天井は暗い。

「…でも、綺麗だったよな」

足下の弱い灯を反射して光る鉄骨を見上げながら、メロが呟いた。

「うん。綺麗だった」

「…またしたいな」

「…今度は安全な場所でな」

「あそこは安全だったんだ」

「はいはい」

「…俺がうまいことキラを倒せたら、また付き合ってくれるか?」

「どこへなりと」

「じゃあ、またあそこで。…天体観測に」

「ああ。天体観測に…」



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