We are such fools, aren't we?

レスター、ジェバンニが外出し、

部屋に残されたニアとリドナーは1時間後とせまった日本捜査本部との対面にむけて、

おのおのの準備をしていた。

もっとも、ニアの方は第三者からすれば遊んでいるようにしか見えなかったが。

真っ白なパズル。

これまでにも様々なおもちゃで遊んでいるところを見てきたリドナーだったが、

この気の遠くなりそうなゲームをしている時は、

ボスが最も思考に没頭したい時であるのを経験から知っていた。

そんな時には話しかけても返事が返って来ることは稀だし、

機嫌を損ねることも覚悟しなければならない。

しかし、今はそんな事を言っていられる状況ではない。

リドナーは椅子を回転させた。

「ニア。もし、メロが侵入して来ると言うのであれば、

ビルの入口のメロのパスコードを消去しておけばいいのでは」

意外に、返事は早かった。

「…このビルに最初に入った時、

ネットワーク・セキュリティ・設備備品の管理をメロが、

それ以外を私が管理するということで話がまとまりました。

…メロに対し、ここのセキュリティは全く役に立ちません。

ただ、メロが家出してから、

レスターとジェバンニが新たにひっかかった…いえ、発見したトラップがあります。

まぁ、多分、メロには効かないと思いますが…

せいぜいこちらを活用してメロの侵入は敢えて防がず、

誘導するくらいにとどめておいた方が無難です。

…それに、私の予想では、おそらくメロの存在自体が、

必要になる局面が出て来るのではないかと…そう考えています」

「わかりました…では一応トラップの方、追加でセットしておきます…」

「…メロが、心配ですか?リドナー」

「…それもありますが、むしろメロが何をするかの方が、心配です。

ネットワーク・セキュリティ・設備備品…

それではこのビルのほとんど全てがメロの支配下ということでは…」

「…ああ。そうですね。でも大丈夫です、私もその他の権限を持っています」

「その、ニアの権限とはなんなのですか?」

「…天空の城ラピュタという映画をご存じですか?」

「え?…あ…はい。かなり昔になりますが、日本のアニメーションのですか…?」

「はい。あの中で、最後に主人公の少年少女が滅びの呪文をとなえると、

伝説の城は崩壊しますよね。

…『バルス!』」

突然少年は叫んだ。

「…でしたっけ。それに相当するボタンを、私が握ってます。

メロがビルを乗っとろうとでもすれば、ビルごと破壊します」

「物騒ですね…」

「はいそうですね。まぁ、使う気はありません。私もそんな死に方は嫌ですから」

「冷静ですね、ニア。別の死に方は、怖くないんですか…?

メロが自分の本名をキラに教えるかもしれないのに」

「そうですね」

忘れてました、とでもその後に続きそうな程、淡泊にニアは言った。

「ご自分より、メロの事が心配ですか」

白い少年はピースを一つ嵌込むと、能面のような表情でリドナーを振り向いた。

「はい。あなたと同じですよ、リドナー」

「…は?」

ニアはまたリドナーに背をむけた。ぱち、ぱちと続けてピースが嵌込まれた。

「雰囲気が似ていますよね」

「…何をおっしゃってるんですか、ニア?」

「…気を悪くしたなら謝ります。

これは私の単なる気紛れです。

貴方が何故私と共にキラを追ってくれているのか…

死の危険を冒してまで協力してくれているのか…

私はそれに興味があります」

「それは…レスターもジェバンニも同じです、ニア」

「…彼らは単純ですから。

レスターもジェバンニも、純粋にキラ教を毛嫌いしているだけです。

己の正義を貫きたい、世の中をキラに屈させてはならない。

彼らにとってキラと戦う事は言うなれば、ごく自然な事なんです。

だから、特に理由を訊く気にもなりません。…が…」

「私は違うとおっしゃりたいのですか」

一向にこちらを見ようとしないニアから視線を外して、

リドナーもまたモニターに視線を戻した。

「違うように、思えます」

黙ったまま、リドナーはキーボードに指を走らせた。

ニアの思惑が分からなかった。

個人的な話をこれまでにニアとしたことはなかったし、

ニアがそんな話に興味を持つようにも見えない。

「レイ・ペンバーと南空ナオミ。…この二人は貴方と何か関係が?」

「ニア…今は、そんなプライベートな話をする場合ですか?」

「もちろん、今だからですよ。他の場合だったら興味なんか持ちません」

リドナーは溜息をついた。こうなったらニアはお手上げだ。

どうせ大抵の事はすでにわかっているのだ。

これは質問ではなく、単なる確認なのだろう。

「…ナオミは、同期でした、MIT時代の…レイもそうです」

「はい、そうですね。聞く所によると、貴方と南空は姉妹のように仲が良かったとか」

「同じコンドミニアムの同居人でしたから」

知ってる事を聞かないで下さい、と言わなかったのは、

ニアの口調がいつもと違って皮肉を含まなかったからだ。

「…面白いですね。同じ大学、同じ住居、同じゼミ、研究対象も同じ分野…

しかし、CIAとFBIは敵(かたき)同士と言ってもいいような関係ではないですか?」

リドナーは唾を飲み込んだ。

顔に血が上る。

…やっぱり、いつものニアだ。

「…ニア、それは言い過ぎです」

「そうですか?いつの時代も同族嫌悪というものは

一番強い対立の原因なんじゃないかと思うんですが」

リドナーは再びニアに向き直った。

いつの間にか、少年はパズルを完成させ、いつものポーズで彼女を見上げている。

一瞬気圧されたが、すぐに気を取り直した。

「ニア、どうせご存じなのでしょうけど、教えて差し上げます。

品性のない言い方をすると、私とナオミは男性の趣味も一緒だったんです。

…ナオミは私の気持ちに気付いていなかったと思います。

そして、レイが選んだのはナオミでした」

「…姉妹のようにしていたナオミさんが気付かない事を、

私がわかるはずがありません、ハル」

突然ファーストネームで呼ばれた事に驚いた。

「…推測させてもらっただけです」

「…気は済みましたか?」

「…はい」

「…では仕事に戻ります」

モニターに意識を集中させる。

腹を立ててもしょうがない。

ニアの不躾な態度は前からのものだ。

しかし、いたたまれない気がした。

この、キラとの対決を前にして、ニアにその意味を問いただされた気がした。

ーーーーーー 私はキラを許せない。

でもそれは、私が私自身を許せないから…なのだろうか。

…違う違う、と何度も言い聞かせてきた。

それでも、自身に対する不快な念は消せなかった。

『ハル、どうして連絡もくれずに突然引っ越してしまったの?』

『CIAとFBIは仲が悪いと相場が決まっているものよ。

こんなところまで追ってくるなんて、もう職権濫用できるほど偉くなったの?』

先程顔に血が上ったのは怒りよりも羞恥心からだ。

ニアに自分の言い訳を繰り返された気がした。

普通に離れただけなら、いつか忘れたかもしれない。

誰にも連絡先を告げず、去った自分を追いかけてきた元親友。

玄関先で追いかえした時の彼女の傷ついた瞳を、ずっと引きずってきた。

ひどい、別れ方をしたのに…

あの年のクリスマス、日本からカードが届いた。

器用なナオミらしい、小さな花のコサージュがついていた。

『ハル、今レイと日本に来ています。

両親に彼を紹介してアメリカに戻ったら、式をあげる予定でいます。

ハル、貴方にもぜひ出席してほしいの。

私はFBIを辞めました。

だからきっとまた、仲の良い友達同士に、戻れるよね?

私は絶対に、ハルに最初に、私のドレス姿を見て欲しいの。

いつもズボンばかりだから…きっと裾を踏んづけて転ぶわ。

お願い、私にうまい立ち居振る舞い方を教えてちょうだい。

お返事、首をながくして待ってます。

ナオミ』

その時、確執はとうの昔に溶けていたということに気付いた。

ずっと、謝りたかった。

許されるはずがないと、そう思って、

自分もまた許さないと思っていただけなのだと。

本当は泣いて許しを請いたかったのだと、漸く思い知った。

しかし、送った返事が彼女に読まれることはなかった。

レイの死をニュースで知ったのが数日後。

ナオミの実家にかけた電話で、彼女が行方をくらましていることを知った。

『娘は貴女からのお手紙を心待ちにしておりました。

…帰ってまいりましたらさぞかし、喜ぶことと思います…』

そのまま、連絡が来ることはなかった。

ナオミのことだ。おそらくレイの敵(かたき)をとろうとキラに近付いて殺されたのだろう。

私は、純粋にナオミとレイのために、キラを追っているんだろうか。

それとも、ただの偽善的な自己満足…なんだろうか…。

いつもいつも、それがひっかかっている。

けれど、とにかく、キラを捕まえたい、この気持ちは真実。

それが自分たちであっても、他の人間であっても、別に構わなかった。

「…では、貴方と私は二人とも、

愛する者に謝罪する機会を永久に失った愚か者同士だという訳ですね」

「…は?」

パラパラと背後で音がした。

ニアが再びパズルを崩した音だった。

もう、ジェバンニが日本捜査本部の人間を連れてくるまでに30分もない。

一方的に訊くだけというのも、あれなので、とかなんとか、

ニアにしては珍しく言い訳めいた前置きをしてから、口を切った。

「…5年前、Lがキラ事件にかまけててちっとも院に顔を出さなかった時、

私は…メロもですが、彼に手紙を書きました。

…まぁ、子供でしたからね、彼があまりにも返事を寄越さないので、

一度拗ねて皮肉ってやったことがあるんです。

確か、『キラに恋でもしてるのか』とかなんとか…」

リドナーはついつい微笑みそうになった口許を手で隠した。

少年らしい嫉妬をニアもしたというのがおかしかった。

「…私、相手を見くびってました。数日後、

…とても世界の切り札と称される人物が年下の子供に向けて書いたとは思えない、

強烈な返事が返ってきました。

表面上は単なる慇懃無礼な手紙を装っているんですが、

なんというか、さすがは天才の書いた文章ですよね、

読んでる方をものすごくいたたまれない気にさせるというか、

穴があったら入りたい気にさせるというか…。

…とにかく、そんな文章なんです。

…何か、おかしいですかハル…」

「…すみません、続けて下さい…」

「確か、締めの言葉は、

『少しは持ち前の素直さを、メロに対しても発揮してみると、

或いは蛇蝎(だかつ)のように嫌われることもなくなるかもしれません』でした」

堪(こら)え切れず肩を震わせるリドナーをニアは横目で睨んだ。

「…楽しそうですね」

「いえ…その、すみません、故人に対して。

しかし、そんなお返事があったくらいなら、Lが気を悪くしていたとも思えませんけど」

「それは、そうです。…ただ私も負けず嫌いなので。

さらに返事を書いてしまったんです」

パズルを嵌めようとした手がほんの少しぶれた。

「…私を蛇蝎のように嫌われる人間に仕立てあげたのは、L、貴方ですよ、と」

落としたピースをニアはゆっくり拾いあげた。

パチ、と先程嵌込まれなかったピースが今度はしっかり嵌込まれた。

「…別にLが私ごとき子供の言葉で傷ついたなんて、思ってないですけどね。

…それから一月ちょっと経った頃、連絡があって…彼が死んだことを、聞きました」

「ニア…」

リドナーは立ち上がってニアの背後に立った。

「…何故今更、私の過去などに、興味を?」

ニアはパチパチと連続でピースを嵌めた。

長い沈黙のあと、独り言のように呟く。

「…貴方と、ジェバンニの命は、私にかかっていますから…」

…知っておくべきなのかもしれない、と、思いました。

『ニア、ただいま日本捜査本部のMR.相沢、MR.模木、MR.松田の3名をお連れしました。

ご案内して、いいですか』

スピーカーから、ジェバンニの声がやってきた。

モニターに、ちらりとニアは目をやって、そろりと立ち上がった。

「…夜神の到着を待ってください。

貴方が此処に上がってしまったら彼を案内する者がいなくなります」

『はい、了解しました』

ヘッドセットを外すと、ニアは意味ありげにリドナーを見上げた。

「…ペンバーにもジェバンニにも、

リドナーは少し勿体ないように思えるのは、私の贔屓目ですかね?」

フフ、とリドナーは笑った。

「もう10年も経てば、きっとおわかりになりますよ、ニア」

「…そういうもんですか」

ーーーーーー別にわかりたくもありませんけど。

そんな風に、ニアは肩をすくめてみせた。

MIT ... Massachusetts Institute of Technology 米国の大学。理系の名門。
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