GAME II 捜査本部Side

Eve of the second impact.


「それでは、今日の捜査はここまでにします。お疲れさまでした」

「月くんも、お疲れさま」

「明日は10時にニアが警察総合庁舎前に車を寄越すとのことなので、

9時50分に現地集合ということにしましょう。

僕はミサの様子を見てから直接行きます」

「ミサミサ、大丈夫かなぁ…」

「たいしたことはないと思うのですが。

一応、病院に連れて行く必要があれば、連れて行きたいので。

ニアが僕が別行動することに不満を示すようなら、例のビルの前で待っていてください。

それほど遅れることはないと思いますから」

「…わかった」

マンションの階段を降りながら、相沢はためらいがちに切り出した。

「さっきの、月くんだけど…なんで別行動することが必要なんだろうな?」

「なんで…って…さっき、ミサミサから電話があったじゃないですか。心配なんですよ」

「…でも、これまで弥が何を言ってこようと、月くんは流してたことがほとんどじゃないか」

マンションの外にでると、綺麗な月夜だった。

「相沢さんも伊出さんも、わかってないですねぇ。

月くんは捜査にプライベートを持ち込みたくないんですよ。

でも実際婚約者が急病で倒れたら、心配に決まってるじゃないですか」

「しかし…弥が急病というのも…なにか腑に落ちないものが…」

「ひどいですね、相沢さん。ミサミサだって普通の若い女性ですよ…。

まだ、月くんを疑ってるんですか?

…あの時、二人の監視はおしまいだと言ったのは、相沢さんじゃないですか。

いまさら月くんを疑うのなら、5年前に疑っとくべきですよ」

「なんだと、松田、お前だって二人の開放に賛成してたくせに…」

「…そ、そうですけど…僕が言いたいのは、…もし、月くんがキラだったとしたら、

竜崎を殺したのは、月くんだった、って事になるんですよ?

…もしそれが本当なら、竜崎に再三、月くんの無実を訴えた僕らは…」

「松田、俺がそんなことも考えないと思ったか。…俺ははっきりさせたいんだよ。

もし月くんがキラだったとしたら、竜崎だけでなく、

結果的に命を落とすことになった次長の死にも、俺たちは責任があることになる…

もちろん、キラを捕まえられなかったことで

裁判も受けずに殺されるはめになった大勢の犯罪者も含めてだ」

四つ角に来て、4人は立ち止まった。

「…僕…いやですよ…僕らが…竜崎を…殺したかもしれないなんて」

「…気持ちはわかるが、いやとかいやじゃないとかの問題じゃないだろう…。

もし、俺たちが竜崎の死に責任があるのなら…。

少なくとも俺たちは、それを自覚するべきだし、竜崎に詫びなければ…。

俺だって、こんなこと、考えるのは苦痛だが…」

「相沢さん、竜崎の事嫌いだったんじゃないんですか」

「…馬鹿。好きも嫌いもあるか。

…ただ、俺はあの人を見誤っていたところがあるんじゃないかと、思っただけだ…」

『現在国道1号線。日比谷から渋谷方面へ向かっている赤のポルシェ911。ナンバー…』

詳細に示された情報。そして、

   全、警官に告ぐ   .

それはLの命令通りに、

文字通り、全警官に緊急指令として発令された。

キラ捜査を外され、別件で聞き込みを行っていた相沢の元に、
あれほど早く届くはずのない情報だった。

   Lが、出した指令でなかったなら。

   深い意味を勘ぐることなど、ナンセンスかもしれない。

けれどあの時、俺は、Lが呼んでくれたのだと思った。

警察に戻ったものの、腑抜けたようになっていた俺の状態を、

竜崎が知っていたとしてもなんの不思議もない。

   竜崎はLのポリシーを曲げてまでも、俺を呼び戻してくれたのだと…

「見誤っていた…って、なんだ?相沢」

伊出が怪訝そうに眉を寄せている。

つい、黙り込んでしまっていたらしい。

「伊出さんは、竜崎に会ったこと、ないですもんね…。

一言で言えば、誤解されやすいタイプだったんですよ、竜崎は」

松田の言葉に模木は黙ってうつむいている。

「…ああ。…不器用なところがあったな」

あとから思えば。

あの時、自分をメンバーから外したのも、

竜崎なりの、思いやりだったのかもしれない。

『それが普通です、相沢さん』

自分の浴びせた言葉に憎らしいほど冷静な反応を返した竜崎。

   あの冷静さがいやだったんだ、俺は。

あまりにも自分と正反対で。

「あの、みなさん、明日ニアと話が済んだら、墓参りに行きませんか。…竜崎の」

また明日、と言って歩きだしてから、松田は思い切ったように振り向いた。

それぞれの方向に別れようとしていたメンバーは、その言葉に足を停めた。

「竜崎はなにか重要なデータを残してくれていたようですし…お礼がてら」

「そう言えば、しばらく行ってなかったな…」

「今は、寒いでしょうけど…」

吹っさらしの崖の上。

海と陸と空が、厳然たる境を持って、尚且つ共存している場所。

亡き次長は、そこが生前の竜崎による希望だったと言った。

それを聞いた時、随分竜崎らしくないことだと場が少し騒然となったことを、
相沢は思い出した。

場所がどうとかいう以前に、竜崎は遺言など一切遺すタイプには見えなかった。

皆が戸惑う中、

とりわけ、夜神月の反応は意外なものだった。

いつもなら何か納得のいく説明を苦もなくつけて皆を安心させることの上手い青年は、

絶句して父親を見つめた。

驚愕している、といってもいいくらいだった。

何をそれほど驚く必要があるのか、相沢にはわからなかった。

やがて零れた言葉もまた、謎だった。

『…嘘だろ?』

そう彼は言ったのだ。

「意外だったな…なぜ竜崎はあの場所を選んだんだろう」

独り言のようにつぶやくと、松田が答を返した。

「僕、いつだったか、次長から聞きましたよ。

…竜崎はあそこに行った事があるんですって。

あの夏…夏休み…なんてないに等しかったけど、一日二日、

竜崎が休みをくれたときがあったじゃないですか。

あの時にね、月くんと行ったらしいんです。

ミサミサと、粧裕ちゃんも一緒に。

…なんだかんだ言って、やっぱり月くんは竜崎にとって唯一の友達だったって事だと、

僕は思ったんですけど…」

「しかし、Lは最後まで月くんを疑っていたのだろう?」

伊出が不審そうに松田を見た。

「確かにそう、なんですけど。
…伊出さんはあの二人を見てないから、わかりませんよ…」

「なんだと…」

相沢は言い合いを始めた二人から模木に目を移した。

寡黙な男は相沢の視線を受け止めると、声を低くして言った。

「あの時、月くん、墓碑には簡単に手をあわせただけで、
そのあとずっと、海を見ていましたね」

「そうだったか?よく見ていたな、模木」

「…正直自分も、当時から月くんを疑っていたところがありましたので…」

相沢は驚いた。

「そんなに前から?じゃあ何故ニアの尋問を受けた時あんなに黙秘してたんだ」

「…確定もしてない疑いを簡単に口にはできませんし…」

「さすがだな…」

おそらく、竜崎が本部の者で次長の次に信頼していたのはこの模木だったろう。

ニアと話した今でも、尊敬していた次長の愛息子である好青年がキラだとは、
正直信じたくない。

しかし、考えれば考えるほど、

ニアの言った事がただ一つの可能性を指し示す気がしてきたのは確かだ。

松田と伊出はまだ口論を続けている。

「竜崎はそりゃあ、キラ捜査のためならなんでもしかねない人でしたけどね、

でも、僕らをちゃんと人間として扱ってくれてましたよ…」

「しかし、お前を火口の餌にしようとしたんだろ?」

「それは…僕、自分から志願したんですよ…」

相沢は空に浮かぶ丸い球体に目を凝らした。

妙に赤っぽく見える。

明日当たり、満月になるのだろう。

「確かに、月くんなら俺たちを右往左往させることなんて簡単だろうな…
あまり想像したくはないが」

あの時の場面を思いだそうとした。

勢いをなくしはじめた緑の芝に覆われた、緩やかな丘。

その丘の片側は巨大なシャベルに切り取られたかのような崖になっていて、

下は砂浜だった。

昏 ( くら ) い海が相沢たちを見つめていた。

吸い込まれそうな印象は、失われた探偵の瞳に似ていた。

潮風になぶられる黒服の男たち。

流れる涙を隠そうともしない松田が、

抱えていた百合の花を急ごしらえの石碑に供えた。

その石碑は世界の切り札と呼ばれ、

莫大な権力と資金力を背景にキラ捜査に臨んだ探偵Lの墓というには
あまりにも粗末なものだった。

しかし、それを言うなら、どんな石碑だって竜崎には似合わなかっただろう。

生きている間、そのエキセントリックな癖を除けば

一切の人間臭さをどこかに置き忘れてきたような人物だった。

「そんなことないですよ!」

突然自分の思考に対して発せられたような言葉に、相沢はびくっとした。

「竜崎は、人間臭い人でしたよ。

多分、僕らの中でも、最も人間臭い人だったんです…!」

それは伊出に向けられた言葉だった。

なんてタイミングだ。

「それはお前の感覚がおかしいんだ、松田」

伊出がムキになっている。何故かこの二人はいつもこうだ。

「二人とも、やめないか。伊出も。竜崎は故人だ。悪く言うのはよせ」

「相沢、俺は…」

伊出は口を噤んだ。

相沢には伊出の気持ちがわかった。

この男もまた、悔しいのだ。

Lという探偵を結局知ることもなく、火口の件で 漸 ( ようや ) くしこりを解き、

協力を決心したと思ったら、Lは殺された。

今もまた、
竜崎を惜しむ自分たちの感情から置き去りにされたような気分なのだろう。

「明日は、頼んだぞ。我々がもし帰れないような事態が生じたら…」

「ああ。3日経ってもニアが満足のいく説明をしなかったら、

ノートを盾にしてでも上層部に訴えて実力行使、だろう?」

相沢は溜息をついてうなずいた。

   ノートを盾にとは、落ちぶれたものだ、俺たちも。

しかし、他に方法もない。

警察はほとんど傀儡と化している。

真剣な協力を得るにはキラ同等の力を持って強引に動かすしかない。

くそっ。まるでキラと同じじゃないか。

L、あんたがいれば、きっと俺たちの思いもつかない、
奇想天外な指示をくれただろうに…。

未だに死んだ探偵に頼っている自分がおかしかった。

「…相沢さん。さっきの話の続きなんですが」

伊出と松田がまた喧嘩しながら帰るのを見送った後、模木がためらいがちに切りだした。

「ん?」

「一応公平を期すために…。月くんが、竜崎の墓にほとんど興味を示さなかったことで、

月くんの容疑が強くなったと思っていますか?」

「まぁ、そんな心情的なものなんて証拠にならないけどな。

しかしキラなら竜崎の死を悲しむ訳はないし…」

模木は首を振った。

「違います、相沢さん。

月くんがさっさと一人で海を見に行ったのは、悲しんでなかったからじゃないんです。

おそらく我々に背を向けたかったんです。

顔を見られたくなかったのだと…思います」

夜神月は泣いていたわけではなかった。

少なくとも、目に見える物質としての涙を流してはいなかった。

その目は海を見ているようで、何もみていなかった。

すべての表情が削げ落ちてしまったような美しい顔は普段より幼く、

見えない相手に謎を問い掛けているようにも、途方にくれているようにも見えた。

この表情を、模木は以前にも見た事があると思った。

肉親や恋人を失った人々の、魂の抜けた表情だ。

「…正直、あれを見ていなかったら、
私はとっくにこの捜査本部を抜けていたと思います。

…月くんが恐ろしくて」

「…模木、本気で月くんがキラだと?」

「…まだ、わかりません。

しかし5年という歳月がたって、未だにキラは捕まっていない…。

月くんという、稀有な能力を持つ人を指揮官にしていても」

相沢は考え込んだ。

13日ルール。

ニアやメロの言う事が本当に正しかったとしたら…

いや、それは元はと言えば竜崎が疑っていた事だ。

明日、ニアは何をするつもりなのだろう。

そして夜神月はそれに対し、どう対処するつもりなのだろう。

タイミングのよすぎる、弥の発病は夜神月の指示とは考えられないか?

しかし、弥自身からそう言って電話をかけてきたのだ。

本当か、などと聞いても無駄な事だ。

「…模木、俺はニアに電話をかけてみる。

明日の会見に何か裏がないか、…俺たちが協力できることはないか、聞いてみる」


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