GAME II 理由/Kira & Mello
I won't use the note... for L's sake.
夜明け前、マットはやってきたキラの部下に運び去られた。
おそらくノートで操られた者達だろう、
マットが皮肉を言おうが抵抗しようが、何の反応も見せず、
ただ黙々と機械的に「作業」を行っていった。
夜神月自身はその数時間後、例のごとく涼しい顔をしてやってきた。
連れている部下たちは、先ほどとは違う者達だ。
…さっきの連中はもう、用済みか?
彼らの目にもまた、意思の力というものが感じられない。
「おはよう。よく眠れたかい?」
「おかげさまで」
実際はほとんど寝ていない。
夜神はそんなメロの強がりなどお見通しのように薄く笑った。
人形のような微笑だ。形だけ作って、何の感情もない。
死んだ目をした男に拘束を解かれたあと、メロは夜神に連れられて外に出た。
重たい鎖から開放されて体が奇妙なほど軽く感じる。
倉庫が並ぶ地区を抜けて、ビルの間の暗い路地に入った。
驚いたことに、ここにも屈強な男達が幾人も並んでいる。
---------俺一人に、大層なもてなしだ。
「通称では効果がないというのはデスノートの欠点だけど、
殺さずに特定の人物に影響を与えたい時には、便利だね…。
これが、僕の考えたシナリオだよ。見てみる?」
メロは無言で目の前の青年を睨んだ。
青年の片手には黒いノート。
既に、死の前の行動は書き込まれているらしい。
奪い取ってやりたいが、四方から銃を向けられていてはどうしようもない。
「ふふ…意地悪をする気はないよ。…いいかい。
『……にある建物に忍びこみ、最上階の指令室の左隣の部屋に入る。
真正面にあるワークステーションの電源を入れる。
右側の壁にあるパネルを開き、上から2番目、左から3番目のスイッチを入れる。
モニターにニアが写ったら本名を死神の目で見る。
ニアの本名を以下のアドレスに送信する。…………。2010年2月19日12:00に心臓麻痺』
…通常、本名を書いてしまったら行動は操れず、その場で二人とも心臓麻痺だ。
しかし通称ならこうして、君を操ってニアの名前を僕に知らせ、
かつニアは死なないでいられる。
…安心しなよ。
建物に忍び込む時は僕がみんなの気を引いておくし、魅上にやらせた時のように、
コンピュータにニアの名前を打ち込んでもニアが死ぬ仕掛けはしない。
それは第三者の死を直接招く行動だから、そもそもできないしね。
…あとはここに、君の本名を書き入れるだけだ。
わかった?
僕はこのシナリオを、君がノートに操られて実行しようと、
僕に脅されて実行しようと、どちらでもかまわない」
メロは夜神がいかに詳細に本部のシステムを把握しているかに気づいて、
冷や汗が脇を伝わるのを感じた。
夜神の言った部屋は通常は用いない非常用のモニタールームであり、
夜神の言ったスイッチは指令室の隠しカメラを動作させるためのものだ。
画像はモニターのみならず、全てワークステーションに保存される仕組みになっていたはずだ。
しかしもっと恐ろしい事は、夜神が『指令室』を映すカメラを動作させようと言っている事だ。
---------どこまで知っているんだ、夜神月?
単に指令室なら、ニアがいると踏んでるからか?
それとも、Lのデータの在処にまで、見当がついてるのか…
探りをいれたかったが、敏感な夜神に余計なことを教えるわけにもいかない。
「…なら、ノートで操った方が、確実じゃないか。
俺が嘘の名前を教えないとどうして言い切れる?
…なぜ、俺にチャンスを与える?」
夜神の張り付いたような微笑が、一瞬完全な無表情にとって代わられた。
それはすぐにまた元の薄い笑いに戻る。
優等生が、あまり出来の良くない生徒を、憐れみを持って眺めるような。
「ノートを使わない理由は…二つあるよ。
一つは…僕は結構君に期待していてね。
もし、このシナリオ通りに事が運ばなくても…例えば予測不可能な事態が発生したとき、
君ならなんとか機転を利かせてニアの名前をゲットしてくれるんじゃないかと思ってるんだ。
ノートのシナリオが実行不可能で、君が心臓麻痺になっておしまい、より、
その方がいいからね。
そして、君が嘘の名前を教えてないか、なんてすぐに判定できるんだよ。
単に、ニアに君の教えてくれる名を見せて、
ノートに書かれたくなかったら投降しろというのさ。
本当の名じゃなかったらニアは僕の言う事を聞く必要ないわけだ。
そうしたら、そのときこそ、ノートを使ってやるよ。
もう一つは…」
そう言って夜神は一旦言葉を切った。
そのままメロを見つめる。それほど長い時間ではなかっただろう。
何か、懐かしいものを見るような表情がその硬い仮面の上を通り過ぎたような気がした。
「…秘密にしておこう。何も君に全てを打ち明ける義理なんてないからね。
そうそう、こういうことはあらかじめ期限を切って置いた方がいいと思うんだ。
もう、ミサには僕からの『特別な指示』がない限り、
今日の正午過ぎには君達の名前をノートに記すように言ってある。
…ミサはちょっと困りものの時も多いけど、
僕の頼みならなんでも聞いてくれるのは美点だね。
君がニアの名前をそれまでに探り当てて連絡をくれなければ、君もマットもさようなら、だ」
夜神はまるで天気の話でもするように、淡々と言葉を紡いだ。
その目には狂気のかけらも興奮のひとつまみもない。
あるのは無関心、それだけだった。
「俺とニアがおとなしく、投降しろと言われて投降するとでも思うのか…」
初めて夜神の顔に、何か楽しげで、それでいて皮肉な感情が広がった。
「…じゃあ、僕をなんとかしてその場で取り押さえるかい?
取り押さえるだけじゃダメだね…すぐに殺さないと。殺すかい?
確かに君らなら、たとえ相討ちでも、キラをこの世から消したいと思うかもしれないね…
ノートも死神もこの世に残るけど、もう僕みたいなのは現れないだろうし…ね。
犠牲にするかい?マット君も、日本捜査本部もSPKもすべて?
もともと、キラ捜査に命をかけて惜しくないと言った連中だ、
それも本望かもしれないよ。
…でも…竜崎とは違うね…あいつはそんなこと、しない。
あいつはそんな潔い死に方、しやしないんだ。
最後の最後まで、確実な証拠を挙げて僕を捕まえようと、足掻くだろうし…
実際、そうだったよ。
そしてあいつなら、僕を殺さずに、法に裁かせようとするだろう。
一旦、法によって犯罪者の烙印が押された者なら、
遠慮なくノートの実験台にしようとする男が…
変な奴だろ?
…あいつは僕がキラだと、確信していたんだ。
死刑囚や犯罪者を右から左へ動かせる権力を持っていたんだから、
証拠なんか、適当にでっち上げて…
僕を生涯閉じ込めるなり死刑にするなりして…
Lにとって、キラを止めることなんて、本当は簡単なことだったはずなんだ」
メロを通り抜けていた視線が、ゆっくりと戻ってくる。
ガラスのような焦点が、メロの瞳の下の、火傷の辺りに当たった。
「…僕と一緒に心中したければ…出来るものなら、だけど…そうすればいい。
でもつまらないね。
仮にもLの後継者なら、最後までゲームを投げないかと思っていたけど。
…ねぇ、僕が竜崎と…Lと戦ってから5年経つけど、
いまだに僕はあの頃の事を思いだすよ…。
あいつを超える奴に会ったことはないよ…。
…毎日が退屈で退屈で仕方ないんだ。
…だから、今日は楽しみにしてる。
君にチャンスをあげるのも…そういう理由だよ。
Lが止められなかった僕を、止められるものなら止めてごらんよ」
メロは目を大きく見開いて夜神が感情を吐き出し続けるのを唖然として見ていた。
「ノートで君を操らないのは」
唐突に夜神は言葉を切った。
その表情がまた人形のそれに戻る。
「…歩け。その先に僕の部下たちがバイクを用意して待っている。ナビのとおりに走れ。
コースを外れたり、必要以上に時間がかかったりしたら、…わかってるよね」
メロは重苦しい気持ちを抱えて歩き出した。
---------吐き気がする。
見たくないものを見た。聞きたくないことを聞いた。
なんだ、あの執着は。
そして、もし夜神の言うことが本当であれば、Lもまた…
突然、パンと風船を割ったような音がした。
振り向くと、先ほどメロの拘束を解いた男が、 顳 ( こめかみ ) から血を流して倒れている。
夜神の姿は消えていた。
側にいた男がメロのわき腹を銃でつついた。
誰も彼も、何事もなかったように、平然としている。
「…くだらねえことしやがって」
舌打ちをして、銃を手で振り払った。
鎖から開放された時に感じた、身体の軽さは完全に消えていた。
…むしろ重たいぐらいだ。
『ノートで君を操らないのは…』
夜神はそこで口を切った。
しかし、その後に続く言葉まで、メロには聞こえた気がした。
そう、確かに夜神はこう続けようとしたのだ。
『…操らないのは、Lに対する敬意のためだ』
と。