
GAME I
Matt, Misa, and Light. On the chessboard.
「だからさ~。お前絶対騙されてるって。利用されてるだけだって。
俺にしなよ、俺に」
「もう、うるさいなぁ!月の悪口言わないでよっ。
ミサと月はね~ふかーい絆で結ばれてるんだから!
あんたみたいな部外者にはわかんないの!」
そう言ってミサはガチャンと食事の載った盆を乱暴に赤毛の少年の前においた。
ゴーグルをかけた少年は手足を拘束されている。
―――月の頼みだし、仕方ないけど…
と思いつつ、顔が渋くなる事は避けられない。
スプーンでシチューを一匙すくい、少年の口まで運んでやる。
「…はい」
「わぉ、食わせてくれんの?すっげ~最高っ!俺夢見てんのかな?」
「…さっさと食べないと、ぶっ殺すよ」
一匙食べると少年は黙り、それからは黙々と食べ続けた。
よほど腹が減ってたらしい。
「…これ、あんたが作ったのか?」
「そうよ、悪い?」
「…いや」
いつもは料理などしないけれど、仕方ない。
人を呼ぶわけにもいかない。
月は、ヤク中の少年だから、いろいろ変な事を言ったり、したりするかもしれないと言った。
暴れたりもするかもしれないので拘束すると。
確かに、さっきから変な事ばかり言っている。
キラに捕まっただとかなんとか。
重度の中毒なのだろう。
しかしどうしてそんな少年をミサが面倒みないといけないのか、わからない。
「食わせてもらって言うのもなんだけど、
…お前、も少し料理練習した方がよくない?」
「よ、余計なお世話よ!」
テーブルにばん、と手を付いたところで、ガチャ、とノブの回る音がした。
「月~っ!お帰り~」
「ミサ。どうだい、マット君の様子は」
「もうさいて~。月の悪口言うし、ミサのこと口説くし…」
涼やかな目の青年は面白い、と言った風にマットを見下した。
「ミサ、しばらく外出ててくれるか」
「えっ、もう…?」
ミサは不満そうだったが、青年には絶対服従なのだろう、
そばにあったバッグを手にすると、またあとでね、と言って出ていった。
「夜神月、ってかキラ、お前なんて言って俺のことあの娘に説明したんだよ…」
青年はあっさりマットの問いを無視すると、切れ長の目でマットのゴーグルの奥を探った。
氷のようなまなざし。部屋の温度が2、3度下がったように感じる。
「…Mail=Jeevas. 僕が不要な殺しをしないことは知ってるだろう。
でも僕だって人間だからね。
かっとなってつい本名を書いてしまわないとも限らない。
…嘘は聞きたくない。質問に答えて欲しい。
まず…君もワイミーズハウスの出身なんだろう?
…そうか、やはりね。狂った場所だ…。
君みたいなモラルのない人間に、あれほどの盗撮技術を教えこんで、
どうしようっていうんだろうね。まぁそんな事はどうだっていい。
…メロは、なにか手紙のようなものを…Lから受け取っていなかったか」
「お前がモラルを語るのか…?少なくとも俺は人間を虫けらのように殺したりはしないぜ」
「質問に答えてくれないかな」
「…知るかよ。メロにとってのLは神だ。
何かもらっていたって、大事にしまいこんでいるだろうさ。見せてくれやしないよ」
「お前達はLに会ったことはあるのか」
「…俺はない。Lは院のトップシークレットだったんだ。メロとニアはどうか知らないが」
―――いや、確かに会ったはずだ。
メロが時折、興奮状態になっている時があったことをマットは覚えている。
そして、そういう時はニアもまたいつもより饒舌(じょうぜつ)で、白い頬を少し上気させていた気がする。
夜神はしばらく何ごとか考えている様子だった。
そのままなにもいわず、マットに背を向ける。
「おいおい、今のが尋問かよ…」
呆れたように肩をすくめるマットには構わず、来た時と同じくらい唐突に帰っていった。
殺風景な部屋の中で、月は一枚の紙を手に佇んでいた。
パソコンの画面は暗くなっている。
横には用紙のセットされていないプリンターが置かれていた。
―――これがお前が命と引換えにしたものか。
健気だな魅上。
なにも死ぬ必要はなかった。
自白させられる事を恐れたのか。
…たいしたことは教えてなかったのに。
この部屋の事だって。中世の騎士のような奴だった。
生まれる時代を間違えたな、お前は。
使える味方を失ったのは正直痛かったが、それでニア達を恨む気持ちが増したわけではなかった。
元々、そして今も、ニアやメロを疎ましいとは思っても憎いと思ったことはなかった。
―――ただ、歯向かってくるから、排除するだけだ。
どこまでも冷静な自分の心を見つけて、
月は純粋に不思議に思った。
―――なぜあの頃僕はあんなに熱くなったんだろう。
今は追い詰められる気がちっともしない…。
さて。どうしよう。
―――騎士(ナイト)は取られた。そして相手は城(ルーク)で守っている。
セキュリティの堅いあの城に入れたという事は、
竜崎があらかじめ何かのヒントを与えていたという事だろう。
何の目的もなくあの城に呼び寄せるはずもないから、
おそらく『資料(データ)』についても、聞いていて不思議じゃない。
そういえば、竜崎はチェスが滅法強かった。
嗜み程度にしかやりませんが、と言いつつも、
月は一度も勝たせてもらえなかった。
『…単なる慣れの問題ですよ。将棋はやったことないですから、たぶん月君に負けます』
彼は飄々とそう言ったが、負けず嫌いな竜崎の事、もし興味を持ったなら、
きっと月に勝つまで勝負を挑んできたことだろう。
―――僕だってお前に勝ちたかった。
そうだな。
次の手は、敵のナイトを囮に、敵のクイーンをおびき出す事だ。
―――リュークと取引させるためにノートを掘り出さなければ。
魅上を主にしていたミサのノートは、魅上から高田に渡させてあった。
魅上が死んだ今、所有権は高田に移っているはずだが、どうせ裁きは高田に任せている。
あれはそのままでいい。
レムのノートの所有権は月が持っていたが、ある場所に埋めてあった。
リュークはその二つのノートに憑いている。
身近に置くのは危険だが、取引さえ終われば、また埋めておけばいい。
ノートを掘り出しに行くことを考えると、胸がはやった。
―――また、あの場所に行くのか。
小さくかぶりを振る。
余計なことを考えるな。
明日やること。
ノートを掘り出す。
メロに電話。
それからお引越しだ。