
眠り
Inside the fortress.
ニア達がLの建てたビルの前に立ったのは、結局夜も23時を回る頃だった。
途中のハプニングにより、大幅に時間が遅れたのだ。
「…やっと着いたな」
疲れた声をメロが出した。
横のニアも冴えない顔色だ。
厳格な扉の前に立っているのは二人だけだ。
魅上が単に意識を失っているだけでない事に気付いたのは、
丁度高速を降りる頃だった。
それからが大変だった。
魅上はニアの打った鎮静剤によって意識を失う直前に、
奥歯に仕込まれた毒を飲んだらしい。
鎮静剤の作用により、苦悶や痙攣が見られなかった事が、発見を遅らせた。
病院に運び、ニアも医師達と一緒になって尽くせるだけの手を尽くしたが、
既に手遅れだった。
レスター等が残って事後処理をする事になり、
二人は先にLの捜査本部に向かった。
城は眠りについていた。
全ての扉は堅く閉ざされ、駐車場に通じる入口にもシャッターが降りていた。
車を降りて二人はビルを一回りし、漸く入口らしい扉を見つけたのだ。
「メロ、手紙です。
…内容はいいのでとりあえずパスコードだけ探してください」
「あ、ああ」
ニアはどうしてこんなに俺がLの手紙を読むのを嫌がるんだろう?
不思議に思いつつも、メロは言われたとおり、
受け取った手紙からパスと書かれた一枚紙を封筒から取り出した。
ニアはすでにコードを打ち終わり、パネルに人差し指を押し当てようとしている。
「…ん?指紋照合もいるのか?ニア、いつの間に登録…」
「なんか、してないですよ」
ニアは肩をすくめたが、パネルはピッという音をたてて認識が終了したことを示す。
「さぁ、メロの番です」
「なんだよ、Lの奴、いつの間に…」
「Lですから」
ともかくもパスコードを入力し、右手の人差し指をパネルに押し当てる。
ピッという音がして、パネルにメロの顔写真と、
『WELCOME MELLO』
の一文が浮かんだ。
「こ、この写真…」
「だから、持ってたってしょうがないと言ったんですよ…」
この前ニアから取り戻した写真だった。
「……」
「Lが、理由なく我々の写真を撮ると思います?
これ撮ったの、キラ出現直後くらいですよね…
感傷的な理由をあの人に求めても無駄ですよ…」
ふくれっつらのメロをなだめるように言ってから、ニアは開いた扉の奥を指差した。
Now, let's look into our destiny…
「さぁ、行 き ま し ょ う…」
建物は広大だった。
「何考えてんだ、Lの奴…」
「…せめて配置を教えて欲しかったですね。
しかしこの辺りのフロアはみな居住スペースのようです…」
「…とりあえず、もう少し上にあがろうぜ。
…くそっ、エレベーターの電源くらい、入るようにしとけよな…っ」
「…メロ、疲れました。もう登れません」
「ふざけんな…、背負ってなんかやらねーぞ…」
「…ケチ」
息を切らしてたどり着いた最上階は捜査の資料室やサーバールーム、
会議室等があり、本部の中枢を成していた。
ただ一つ、フロアの半分を占める、最も重要な指令室と思われる部屋の扉だけは、
ロックがかかったままだった。
「開かないじゃないか…。ここまで来て引き返せってんじゃないだろうな…」
「………」
ドアのすぐ近くにあるプレートには暗証番号を入力できるようになっていたが、
手紙にあった番号では無効だった。
アルファベット26文字+数字10文字では当てずっぽうはまず不可能だろう。
「捜査本部の人間にも教えていたはずですから、
それほど意味のある単語ではないでしょう…」
というニアの説を容れ、Lの好きな甘味の名称なども入れてみたが、全て弾かれた。
「…仕方ないですね。…メロ、手紙、読んでいいですよ…」
「おいニア、いまさらこれに書いてあるとか言うなよ…!」
「…わかりません、私の手紙には入口のパスコード以外、
このビルに関する情報はありませんでした。
…メロのに書いてあったら、なんとなくショックです…」
「…殺すぞ」
ニアを睨み付けて先程の封筒から手紙を取り出した途端、
あ、と小さく叫んでニアがメロの手首を押さえた。
「なんだよ…!」
「…わかりました…!」
「お前な…」
「メロ、ロザリオです、ロザリオの中央に、なにか書いてありませんか」
メロは慌てて胸の鎖に手をやった。
確かにロザリオには文字が書いてあった。
いや、書いてあったというより…
「…これ、俺が彫ったんだけど…」
「中央部にある文字…単語はなんですか?」
「…住所の末尾だよ。221Bだ」
「!!……そうだったんですか……ではそれを、入力してみて下さい」
「…分かったよ」
一度、サッカーをしていて、鎖が外れてしまった事があった。
泣きながら探し回っていたメロの前にLがロザリオをぶら下げて現れ、
『探し物ですか?』
と悪戯っぽく笑った時の感動は忘れられない。
その時Lは探し方のコツをメロに伝授してくれ、
『住所と名前を書いとけば確実ですよ』
と言ったのだった。
Lは冗談のつもりだったらしいが、
Lの言う事ならなんでも真に受けていたメロは、その日のうちに、
ワイミーズハウスの住所とメロという通称を十字架の裏に彫り込んだのだ。
綺麗に彫れたのが嬉しくて、早速翌朝のミサでLに見せると、
Lは本当に書いたんですか、と驚き、それからしばらくその文字を見つめていた。
そして、メロがモジモジしはじめた頃、
指先で文字を一撫でし、
『メロは器用なんですね。…とても綺麗に彫れてます』
と、ロザリオをメロに返しながら微笑んでくれた。
…そうだ、なぜもっと早く気付かなかったんだろう。
入力をするメロの背中を見ながらニアもまた回想にふけった。
キラ事件が起こってまもなく、
Lはワイミーズハウスを訪れてニアとメロの写真を撮った。
その時は、写真は何かに利用するつもりだという事しかわからなかった。
メロがどうしてもポジを一枚欲しいとせがんだので、
Lは少し困ったような顔をしつつも、二人に焼き増ししてくれた。
『絶対、自分以外の人の手に渡らないようにして下さいよ。
ここは大丈夫だとは思いますが…
危険はどこに潜んでいるか、わかりませんからね』
メロが院を出て行く時、写真を残していったのは、
単に出発が急だったからだけではない。
…ニアが隠したのだ。
『ニア、なにかやばそうなことが起きた時には、
メロの写真の処分をよろしくお願いします。
メロはあの通りの性格ですから…』
『わかりました、L』
『…安心です。
…そういえば、昔したジグソーパズルの話を、覚えていますか?』
『もちろんです』
『…あれは重要な話です。忘れないで下さいね。
…最後の中心をはめて、初めてパズルは完成するのですよ』
『……はい』
なんとなくその言い方に引っ掛かってはいた。
…パズルの最後のピースが必ず中心にあるとは限らない…
あれは、Lが作った穴開き十字の事だったのだ。
開くドアを見つめながら、二人は同じことを考えていた。
―――Lは最初から、一方だけを選ぶつもりはなかったのだ。
どちらの片方だけでも、この扉は開かなかった。
一つの長いゲームが終わった。
そしてまた、ここから始まる…
牙城の中枢は、広いモニタールームになっていた。
開いた扉の一歩外から、二人はしばらく内部をじっと見つめていた。
他の階より一階分天井の高いその部屋は、
吹き抜けのようになっていて、部屋の両脇には階段がついている。
ちょうど一階分の高さの所は中二階になっており、そこにも部屋があるようだ。
その中二階からはまた別の階段がさらに上へと登り、
屋上につながっているのだろう、天井に開いた暗い闇の中へと続いていた。
無機質な部屋の突き当たりには巨大なスクリーンと、
回りを縁取るいくつものモニターがあり、その前の白い長い机には、
ワークステーションが数台と、モニター等の周辺機器が置かれていた。
スクリーンに光が入るのを防ぐためだろう、
モニターの前だけ、天井が低く降りてきていて、
落ち着いた黒の天板にポツポツと小さなハロゲンランプの明かりが灯る様子は、
少し都会の夜空を思わせた。
部屋の横の方にあるガラス製の変わったデザインのテーブルの上には、
何故か一本のスプーンが取り残されている。
しかし、二人の視線はある一点から動かなかった。
やがてニアが動けないままでいるメロの手をそっと取って、部屋の中へと導いた。
メロは手をとられたことにも気付かないようだった。
前方を凝視したまま、二人は視線の先にある物体の前へと、一歩ずつ近付いていく。
ニアは掴んでいたメロの手を、
その対象であった一つの椅子の背凭れにゆっくり預けた。
―――L。遅くなりました。
メロの方は見なかった。
相手の顔にも、自分の顔にも、自信が持てなかった。
数時間後、復旧したエレベーターで最上階に昇って来たレスターらは、
指令室に入って一瞬息を飲んだ。
床に倒れた一組の人影を見たからだ。
慌てて駆け寄った3人はしかし、すぐにほっと安堵の溜め息を漏らした。
少年達はかつて見たこともない程に安心しきった様子で、
穏やかな寝息をたてていた。
硬質なデザインの椅子を囲むように丸くなった二人の手は、
椅子の足にかけられ、お互いに微かに触れていた。