牙城

---I can prove to you, that L cared about you.


「…薬が効いたようですね」

おとなしくなった後部座席にちらりと目をやると、ニアが言った。

「何を打ったんだ、ニア?」

「…ただの精神安定剤ですよ。

こういった自己犠牲的英雄崇拝傾向のある人間は何をするかわかりませんから。

…舌を噛み切られたりしたら、たまりません。

それに、少しメロとも話したかったですし。」

「俺はお前と話す事なんてない」

「…Lの思い出話でも、ですか?」

「…なおいやだね。お前がLについて語るのを聞くなんて、ぞっとする…」

「…まだ、怒ってるんですか…」

ニアは一つ溜息をついて、窓の外に目をやった。

「勘違いするな。ガキの頃のケンカをいつまでも根に持っちゃいない。

俺はお前が嫌いなだけなんだ」

「…(持ってるくせに…)勘違いなんてしてません。

貴方が腹を立ててるのは、私がLを敗者だと、言ったからでしょう」

「……」

「あれは、Lの台詞だったんですよ」

ニアは窓の外に目をやったままだ。

「あの時、Lの言葉が思い出されて、口からポロッと出てしまったんです。

…だってそうじゃないですか。

許せますか?

死んだんですよ?

正義をかけて戦ったのに、

どう考えたって間違ってるとしか思えない相手に殺されたんですよ?

あれは、絶対に絶対に、絶対に負ける事が許されない戦いだったんです。

…私はLが負けるはずないと思ってました。

信じてました。

…到底許せません、死ぬなんて」

…こいつの中に、こんな激しい嵐があったなんて。

メロは信じられない思いで聞いていた。

喉の奥に詰まった熱い塊が苦しくて、飲み込んでしまいたかったが難しかった。

ニアの方を見れない気がした。

「…Lの台詞ってなんだよ」

ニアはメロの質問に答えるかわりに質問を投げ返した。

「…メロのそのロザリオ、綺麗ですね。

…Lからの贈り物ですか」

「えっ。…まぁ…うん…」

照れたメロなど見たのは初めてだ。

「…私はそんな綺麗な物、もらったことないです。

…けれど、おもちゃはよく買ってもらってました」

一人遊びしかできなかったからだろう。

メロはちらりと視線をニアに寄越し、すぐまた前方に注意を戻した。

「あるとき、白い無地のパズルをもらったんです」

「無地の…?」

「ええ。日本人は変わったものが好きみたいですね」

「なんか意味あるのか、そんなもの組み立てて」

「私もそう思いました。…無駄なことをと。

私が戸惑っていると、Lは自分が手がけた事件を譬え話にして、

無駄だと思えるような地道な作業が、

時には重要な結果に結び付くという事を教えてくれたんです。

…その時言われたんですよ。…要は挑発されたわけです。

『パズルは解かなければ、ゲームは勝てなければ、ただの敗者ですよ』と」

メロは黙っていた。面白くないのだろう。

ニアがLから何か、特殊な教育を施されていたことが明らかになったからだ。

「…メロ、勘違いしないでください。

…私は別に、特にLに気に入られていたわけじゃないんですよ」

「…そうでなかったら、そんな話したりしないだろ…」

しばらく迷ってから、ニアは口を開いた。

「…Lはたぶん、『実験』していたんです」

「なんだって?」

「白いパズルは、宇宙飛行士の訓練に使われたりするらしいですよ。

集中力を高めるために。

Lが私にそれをやらせたのは、一人遊びしかできない私が不憫だという以上に、

幼い子供にそれがどういう効果をもたらすか、興味があったからだと思います。

…実際、私、『見る』ことに自信つきました」

淡々とニアは話す。

「…Lが気にかけていたのは、むしろメロのほうだと思います」

「…なんで…」

「前を見てください、メロ…ここは高速道路なんですよ?

…Lと私は、結構似たところがありますから…

あまり心配はされてなかったと思います。

彼が、私に色々と試させたのは、やりやすかったからですよ。

自分と同一視してたところがあったんでしょうね。

…ほら、自分にだったら、実験したって良心痛まないじゃないですか」

「すごいこと言ってないか、ニア…」

「Lがメロを気にかけていた、証拠だってありますよ」

「…?」

ニアは懐に手を入れるとなにやらごそごそと取り出した。

白い封筒だ。

「…手紙を預かってます。Lが生前、ロジャーに預けていたものです。

メロの写真を回収しに行ったとき、一緒に渡されました」

「お前、何だって、さっさと渡さなかったんだよ…!!」

「…渡したくなかったんです」

「なんだと?」

「書いてあることが、なんとなくわかるような気がしたものですから…」

「無茶苦茶なこと言うなっ…」

メロ宛の手紙には、ニアをよろしく、と書いてあるのだろう。

私宛の手紙に、メロを頼みます、と書いてあったように。

そうしたら、Lの遺言となったその頼みを、メロはいやでも聞かねばならなくなる。

それじゃ、意味がない…。

メロの罵りを無視して、ニアは前方に目を凝らした。

「…メロ、我々が、どこに向かっているか、知っていますか?」

「知るわけないだろう、お前が設定したナビだ」

「…見えてきましたよ。…あの建物です。

…Lの 牙城 ( そうさほんぶ ) ですよ」

再び息を呑むメロにニアは楽しそうな視線を向けた。

「…さっきの手紙が、実は招待状なんです。

建物に入るためのパスコードが書かれています。

…それからもう一つ、言い忘れてました。

Lがメロを大切にしてた証拠…」

そう言って、ニアはメロの胸元を指差した。

「そのロザリオ、Lのなんです」

「!!」

「!(こんなところでブレーキ踏まないでください、メロ…)

Lがクリスチャンだとは思いませんけどね。

でも彼のなんですよ。身に着けているのを見たことがありましたから。

…納得いきましたか」

メロは何も言わなかった。真っ直ぐ前を見る視線は、

車や道路とは違うものを見ている。

ニアはそれには気づかないふりをして後部座席を覗き、

人質が意識を失っていることを確認した。

「…さて、これで魅上との約束を果たしました」

「…今のでLの話を聞かせたっていうのか、呆れた奴だな」

「話しますとは言いましたが、意識のあるときとは言ってません。

…メロ、不公平です。

貴方は私の名前を知ったのに、私は貴方の名前を知らない」

「…ネイトか、まぁそれっぽいな」

「…メロ…」

「…ミハエルだ、かわいいって言うなよな」

「…!…ミハエル。」

「なんだよっ!」

「…羨ましいです。

"エル"って入ってます」

「……ふん」



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