
松田
Were you guys fond of L?
…ああ、月君は竜崎の事を考えている。
松田は月の長い睫毛が一瞬ふせられるのを見て、悔しさが込み上げてきた。
松田がニアを許せないと感じるのは、ニアの強引さや無礼な物言いに対してではない。
そんなことには、慣れていた。
竜崎のときに。
月君が竜崎を失ってどれほど傷ついているか、僕にはわかる。
月君は気丈に振る舞っているし、決して態度や言葉には出さないけれど。
そして多分、本人もその傷を自覚してはいないだろうけれど。
何故って僕は知っているんだ。
一緒に捜査をしていた時の二人は、
本当に楽しそうだった。
二人があんな表情をしていたのは、お互いとコミュニケーションをとっている時だけだった。
だから、ニアは、月君の事だけは疑ってはならない。
他ならぬ竜崎が、それを嫌ってたはずだから。
一番疑って。
一番、信じたがっていた。
少なくとも、僕にはそう見えたんだ。
ちょっとコンビニ行って来ます、と言って松田は本部をでた。
天気のいい日だった。
「はい、かわりました、ニアです」
「あ、僕は松田桃太と言って以前のLと捜査をしていた…」
「…今も昔も、L、はLだけです」
やけにつっかかるな、と僕は思った。
ニアは月君の事、Lって呼んでるくせに…
「…じゃあ、竜崎と呼びます。Lは竜崎と呼んでくれと言ってましたから」
「…いいですよ。なんですか、話って」
「ニアは、夜神月がキラだと疑っていませんか」
「…そんなこと、いつ言いました?」
「ちょ、直接言ってはいない…ですが」
僕が黙り込んでしまうと、ニアはしょうがないなとでもいうように会話を続けてくれた。
「…はい。確かに、疑ってますよ。
彼と弥はLに監禁されていましたからね。
13日ルールが破れた今、彼らが何故のさばっていられるのか、
私には不思議でならないくらいですよ」
「そんな…竜崎が監禁したからって…竜崎はそれくらい、すぐしますよ」
「…Mr.松田。…もしかして、日本捜査本部の人々はみな、
そういう目で、Lを見ていたんですか」
ニアの声がものすごく怖くて、僕は思わず唾を飲み込んだ。
「えっ、その…いや、竜崎の事は尊敬してます。
すごい人だと、天才だと思いますよ。
…けど、天才なあまりに行き過ぎる事が…」
「わかっていませんね、Mr.松田。
Lのやり方は確かに徹底してますが、
『行き過ぎ』という事は、決してありません。
さっきあなたは"すぐ"と言いましたが、
Lは監禁なんて手段を、すぐにとるような人物じゃないんです。
彼がそんな極端な方法をとったからには、それなりの理由があったはずです。
私が知る限り、Lが人権を無視したような極端な捜査方法をとった時の理由はただ一つ。
…他の人々の人権を守るためです。
日本捜査本部の人たちは、そんなこともわからずに、Lの側にいたんですか。
…あなたたち、LがどうしてLと成り得たか、わからないでしょう?
何故彼が世界の警察のトップであり続ける事を許されていたんだと思います?
警察だけじゃありません。
国のトップですら顔も判らぬLの指示を尊重していました。
…何故だと思います?」
「それは…」
「…Lは自分にあたえられた権力の大きさを自覚していました。
彼はそれを非常にフェアな方法で、かつ有効に用いる事が出来たんです。
彼には執着すべきものがなかった、というのもそれが可能であった理由だと思いますね。
力を使わなければそもそも意味がないし、濫用したら独裁者。
世界は彼の能力だけでなく、
彼のバランス感覚とその根源である正義感に信頼をおいていたんですよ。
( まぁ、彼と、ワタリですけどね、正確に言えば)
確かに、Lは必要とあれば監禁という手段だって辞さないでしょう。
でもそれは彼にとって、それが容易いから、という理由では決してないんです。
簡単に『行き過ぎ』だなんて軽々しい言葉で片付けないでください…。
…で。なんですか、話って」
突然また元のクールな声に戻ったニアに促されて僕は我に返った。
「…す、すみません、ニア。
僕らじゃ竜崎の思想を十分追えなかった、それは認めます。だけど…」
「…はい」
「その思想を唯一、追えそうなのが、月君なんです…。
竜崎がもっとも信頼を寄せ、竜崎が唯一友人と認めていたのが、月君なんです…」
「…わかりませんね。友情も信頼も相手を油断させるための方便かもしれないじゃないですか。
あなたがたの目は、ふしあなですから」
さすがにムッとしたが、グッと我慢する。
「僕だって、竜崎には憬れてたんです。
竜崎に褒めてもらいたくて頑張って…いろいろドジを踏みましたよ。
…僕じゃ全然ダメだという事はわかりました。
他の捜査員たちもおそらく同じです。
みんな僕なんかよりよっぽど優秀な人達ですけど…。
でも、月君だけは、竜崎にとって特別だったんです。
月君と話している時の竜崎は楽しそうでした。
あんな表情をする彼を他で見た事ありません…。
竜崎の言う事、考えてることをもっとも理解してたのは、月君だったんです。
そして、月君にとっても、竜崎は特別だったんです」
松田は携帯電話で彼らがやり取りをしていた一幕を、偶然垣間見たときの話をした。
「今でも…僕は見るんです。
資料をめくっている時、食事をしてる時、皆で捜査状況を話し合っている時、
月君がふと手を止めて、目を伏せるのを。
本人も気付いてないと思いますが…。
そういう時の月君、すごく悲しそうなんです。
竜崎を失ったことは、月君にとっても大きな打撃だったに違いないんです。
そこに、さらに追い討ちをかけるような事は…して欲しくないんです」
一気に言って、僕は口を切った。
ニアに、少しでも伝わっただろうか。
ニアがあまりにも長いこと黙っているので不安になった。
「あの…」
「…ありがとうございます、Mr.松田。
大変参考になりました」
「え、そ、そうですか…?」
「一つ、聞きたい事があるんですが」
「はい…」
「本部の人達は、Lの事、好きでしたか」
「えっ」
思いがけない質問に僕はとまどった。
竜崎を好きかって?
不思議な人だった。
僕らはわけのわからないうちに彼のペースに巻き込まれ、
振り回され、始終目を白黒させていた気がする。
それでも、竜崎が僕らをどう扱ったにしろ、僕らはついていっただろう。
こんな事、僕だけしか思わないかも知れないけど…
彼はどこか、あったかい人だった。
氷の中で燃えるろうそくの炎を、僕はよく竜崎に重ねた。
しかし、そんな事を今言って何になるだろう。
僕らが竜崎の死に関して何も出来なかったことは確かだ。
僕は僕にしては珍しく、慎重に言葉を選ぼうとしたが、
結局出てきたのはいつもどおりの、しっちゃかめっちゃかな覚束(おぼつか)ないものだった。
「ど、どうかな…みんな、竜崎に一目おいていましたよ。
次長と模木さんは、竜崎の信頼も厚くて…、
あっ、次長のお菓子の趣味を竜崎褒(ほ)めてましたね…
みんなで、交替で買いに行ってたんですけど。
竜崎のやり方に反発してた人もいましたけど…
竜崎は、その人の事好きだと言ってましたし…。
僕なんか、いつも竜崎に呆れられてた方でしたけど、
ぼ、僕は竜崎の事、好きでした。
や、変な意味じゃなく…」
電話の向こうのニアが、ふ、と笑った気がした。
「…話したい事は、それだけですか?」
「は、…はい」
「Mr.松田。
お知らせ下さってありがとうございます。
皆さんのこと、まだ許せませんけど…
明日、真実が明かされると思います。
その時のあなた方の反応を見て…」
「反応を見て?」
「…本当に許せないかどうか、決めます。
では」
一方的に電話は切れた。
僕はちょっと呆然としてしまった。
…何かがおかしい。
僕の方がニアを許せないと思っていたはずじゃなかったっけ?
なんで、ニアに許してもらわなきゃいけないんだ…?
電話はツーツーという通話音を鳴らし続けている。
僕は大きくため息をついて、空を見上げた。
ひょっとすると、僕は羨ましかったのかもしれない。
竜崎と月君はケンカしながらも、実際は楽しそうだった。
その一種独特な空間に、僕は入れてもらえなかったけれど、
そこは僕にはすごく魅力的に見えた。
とてつもない才能を持った二人がもっとも輝いていた瞬間を、
僕は眺める事ができていたのだろう。
竜崎がいなくなって、本部はその心臓を失った。
月君はよく頑張っているけれど、
二人が共にタッグを組んでいた時のような底知れぬパワーを感じることは、
もう、ない。
そういえば、彼らは僕をからかう時も、共同戦線を張っていた。
あのわざとらしく僕を無視する竜崎も、
一緒に笑いをこらえてる月君も、もうここにはいない。
そう思ったら、青空が急に滲んで見えた。