
捕獲
Matt captured.
「メロ…すまない」
電話の向こうでマットの情けない声を聞いて、メロは軽く舌打ちをした。
「…だから油断するなと言ったのに」
「ごめん、まさかこの場所が知られてるとは…」
アジトに踏み込まれたらしい。
尾行等には気をつけていたが、マットにメロほどの注意深さがあるわけもない。
電話の向こうの声が切り替わった。
「ミハエル=ケール君だね。安心したまえ、君の友達に危害を与えるつもりはない。
ただ、君が大変な行動力の持ち主で、
目的のために手段を選ばない危険人物だと聞いているのでね。
君に無茶をさせないために彼に協力してもらうことにしただけだ」
本名を呼ばれて安心もくそもあるものか。
自分のことを知っているということは、日本警察と関係する者だろうが、
その日本警察にはキラがいる。
――いよいよ来たか。
「何が目的だ、キラ。俺の命か」
「さすがに話が早いな、メロ。だが、私が欲しいのはお前の命じゃない。
…今はな。
私が欲しいのはお前のもう一人の生意気な友人の命だ」
「はっ。まさか友人ってニアの事を言ってるんじゃないだろうな。
奴と友人だった覚えなんて全くないぜ」
ムカつきながら、冷静になろうと片手のチョコをガリリと噛んだ。
「ふふふ。かわいそうに。彼は君を大分買っているようだったが。
しかし、友人でないのなら、むしろ気が楽だろう?彼に連絡を取って欲しい。
…今から言う場所にくるようにと」
「つまり、そこには目を持つキラがいて、ニアは殺されると言う事か」
「…キラの巣窟に爆弾でも仕掛けたいか?君は物騒な事が好きらしいからな。
しかしやめておけ。住宅街の真下を通る、未開通の地下鉄の駅だ。
そこからニア一人で乗り込んでもらう。
下手な手出しはニアとマット君を死なせるだけだ」
「…お前、ふざけてるんじゃないのか。
なんでニアが俺の間抜けな友人のために、命を差し出すと思うんだ」
「…何故かって?それは彼が、Lを継ぐものだからさ。
そして、Lならキラをこれ以上増やしたくないだろう?」
キラの口調が変わっている。
―― 神らしい演技はおしまいということか。
「貴様、何を考えている…?」
「そうだね、まずは君の友人に先月分の犯罪者を裁いてもらおうか…。
どうだい、キラを追う者がキラになるというのは?」
「…反吐がでそうだ」
電話の向こうの声は軽やかに笑った。
挑発に乗るのは相手を喜ばせるだけと判っても、不快感は隠せない。
「…それから、マット君はいい仕事をしているね。
捜査本部の人間を見張っていたんだろう?監視カメラだ、懐かしいよ。
でも肝心の僕なんかより、
ニアのコマのリドナーやジェバンニの方がしっかり映っているんだよ。
GJだ。…ニアも簡単に自分のコマの名前を教えなければ良かったのに。
僕が調べないとでも思ったのか?」
独白に近くなったセリフにメロは焦った。
―― なんだこいつ。これじゃまるで自白じゃないか。
録音してしまえばキラの証拠になる。
しかし、録音ボタンをなんど押しても、
携帯は反応しない。
―― 『L』の使う電話は逆探も盗聴も出来ないと聞いたことがある。
まさか記録もできないとは…?
その間にも相手はメロの焦りを意に介せず喋り続けている。
「ニアは部下をもっと大切にするべきだ。
少なくとも、竜崎…先代Lはそうしていたよ…あまり、気付いてもらえなかったけどね」
思いがけず敵から敬愛する人の名を呼ばれて、メロは固まった。
その気配を察したか、声はさらに挑発の色を強めた。
「…ああ、君もひょっとしてニアと同じなのか。
竜崎に憧れてたのか。
…だったら、君もニアもゲームだなんて言ってないでもう少し真面目に僕と対峙したほうがいい…。
竜崎はいつだって大真面目だったよ。…それなのに、死んだんだからね」
「…貴様、殺してやるっ…!」
怒りと苦痛で、頭がおかしくなりそうだった。
「ニアは部下が殺されるのと、部下がキラになるのとどちらがいいだろうね?
君も知っての通り、デスノートで人を操って人を殺させることはできない。
…けれどね、これは君、知ってるかな…
僕は実際、FBIにFBIを殺させた事があるんだ。
…デスノートを使わせてね」
「………」
「キラにしようと思えばいつだってできる。
ニアには殺すと脅すより、こっちの方が効果的だと思わないか?」
「…絶対に、お前をつかまえて引きずり下ろしてやる…」
その偽物の玉座から。
「楽しみにしてるよ。
…4年間、とても退屈だったからね。
ニアに伝言よろしく。
そういえば君も、Lを継ぐ者だったよね…」
電話は切れた。
メロは屈辱と怒りに震えながら、ゆっくりと携帯を下ろした。
ニアに電話するのは気が進まなかったが仕方ない。
愚図愚図していると余計不利になる。
重たい指を操作してハルから友人とは思いたくない相手に回してもらった。
ニアは即座に状況を理解した。
自分をピンチに陥れたメロを責める様子は全くみせない。
それどころか、メロの無事を気遣ってさえみせた。
それがまたメロの神経を逆撫でする。
嫌味の一つも言われた方がどんなに楽かしれないと思った。
「いつかの約束の通りですね。先に待っていて下さい」
最後にそう言って、電話は切れた。