告白

---Even then, I wanted you to look at me just one time.


「その前に、…失礼。」

「おいニア、なにするんだ」

どこから取り出したのか、ニアは注射針を構えている。

「…少し、朦朧としてもらうだけです」

魅上が会話から察したのか、身を堅くしたが、

ニアは容赦なく針を剥き出しになっていた二の腕に突き立てた。

うっ、と一瞬魅上は呻いたが、針の感触に逆に落ち着いたらしい。

「…安心してください、私は医者の資格も持っていますから」

「…強引だな。さすがはLの後継者だ」

ふっと口で笑った。

「…私はLより容赦ないですよ。

貴方が何故それほどLに興味を持つのか、私たちはそっちの方が興味あります。

…正直に言いまして、あなたがあの追加条件さえ持ち出さなければ、

私は今ごろ死んでいたでしょうから」

「……なんだと?」

「…本物のキラなら、俺たちにLのことを教えてくれなんて、言うわけがないんだ」

「…意味がわからない」

「さっきも言ったでしょう、私たちがLについて知っている事はほんのわずかだと。

初めは単なるデータが欲しいのかと思いました。

…があなたは違うと言った。私たちの目に映る彼の人物像を知りたい…と。

しかし、それは少し奇妙です。

Lがどんな人間であったか…一番知っていたのは、キラ…夜神月本人なんですから。

夜神ほど、精神的にも、心情的にも、Lに近付いた人物はいないんですよ」

魅上がごくりと喉を鳴らした。

「…ニア、お前にもやはり来てたのか、あのメール…」

「はい。…ショックを受けませんでしたか、メロ?」

「…べつに…」

「私はショックでした…。Lが他人を友人と呼ぶなんて、有り得ない事…。

ありとあらゆる偏見や束縛から自由でいるために、

Lは何より孤高の存在でなければならないのだと、ずっと思ってきましたから」

「夜神月もまた、彼を友人だと?」

魅上の口調は少し焦っているようだ。

「…さあ。それはどうだか。我々の預り知らぬ所です。

…ただ、Lが変わったのは確かです。

そしてどちらにせよ、夜神がLの甘さを利用したことには変わりありません。

…奴はLという人間を、誰よりよく理解しているという自負があったからこそ、

監禁といういわば諸刃の剣である手段を選び、尚且つ自分の勝利を信じていられたんです」

「…それで、私が夜神月ではないと…」

「…確信したわけではありませんが、何か引っ掛かるところがあったので、

注意力を働かせることができたんです。

そうでなければ、暗号であっておかしくない暗証番号が、

実は別の意味を隠した別の暗号であったなんて、とても気付けなかったでしょう」

「…そうだったのか………友人……」

薬が効いてきたのか、魅上の口が急に重くなった。

「…俺はニアより、もう少し怪しいと思っていたぜ。

俺にかかって来た電話では、キラはLのことを竜崎、と呼んでいたんだ。

ところがあんたは普通にL、と呼んだ」

「…竜…崎…?」

魅上はその名を初めて聞いた。

前Lのことが会話にのぼる事は少なかった。

しかし、魅上の中で彼を指すコードは、いつでもただのアルファベット一文字だった。

神がそうとしか呼ばなかったからだ。

必要に迫られてその名を口にせねばならない時、魅上の神はいつも少し躊躇したように、

ゆっくりとその単語を舌にのせた。

  自分もLだからだろうか。

その割に、その呼び方が何か痛みを含んでいるように思えたから、

魅上はその謎の人物について知りたかったのだ。

   唯一、神の感情を揺らすことのできる人物。

「…知らなかった。それがLの本名…いや、別名か…」

「…案外貴方、何も知らされてないんですね。…やれやれ。

…思わないんですか?

今こうして捕らえられている自分は、

すでにキラにとって、いつ証拠の出所となるかもしれない、危険な存在でしかないのだと」

「…十中八九、ニアの名前を手にいれてたら、お前、殺されてたぜ」

「…神はまだ、お前達の顔をご存じない。

少なくともそれまでは…。

ニア、お前がカメラを取り付けたなら、その時、他にカメラがなかった事に気付いたはず…」

「もちろん…。

あったら、その時点で罠だと私に気付かれてしまいます。

キラは私に気付かれたり、確実に顔が映るかどうかわからない恐れのある、

不確定な方法を取ることはないでしょう…」

「だから、確実な方法をとる」

真正面を見つめたまま、メロが強い口調で言った。

「…ノートに書くものは、なにも筆記具だけとは限らない…。

書く人間が、相手の顔を思い浮かべ、

ノートにどんな媒体によってでもいい、名前が書かれればいいんだ。

…俺は以前、キーボードから名前を入力して、

プリンターでノートに印字させたらどうなるか、試させたことがある…」

魅上が息を止めた。

その唇がかすかに震えた。

「…魅上。神なんて存在しない。夜神は人間だ。

驚くほど自己中心的で幼稚な人間が、身に過ぎた力を手に入れて暴走しているだけだ。

お前は夜神にとって、ちょっと特殊なカメラ程度の意味しか持たない。

…用が済んだら捨てられる。

…そんな奴が語るような、理想の世界に騙されるな。

完全な悪も完全な善も、この地上には存在しない…。

…もう諦めろ」

「お前たちは…、今まで勝手好き放題に生きてきたのだろう…?

…ノートで実験してみたり、やっていることは我々と大差ない…。

…私はずっと、理不尽だと思っていた…。

なぜ、この世はこんなにも不公平なのか…

優しい人間ばかりが、苦しみを 堪 (こら )えて我慢を強いられるのは、

どうしてなのか…。

…何故?

私は、弱者の代弁者になりたかっただけだ…反論さえも、

微笑んで誤魔化す事しか許されない人々のかわりに…拳を振り上げたかった…

でも、なれなかった…。

…キラは私たちが待ち望んでいた、救世主。

…そのやり方が少なからず強引だとしても、どうして反論できよう?

強引でなければ、潰されたのだ…

急峻でなければ、自滅したのだ…

私は構わない。

神に殺されても、一向に。

それが、神の望んだ世界のためであるのなら…」

魅上の頬を光るものが一筋流れた。

「…憐れな、…孤独な、…私の神…」

――そう。

私が死ぬのは、神の創る、新世界のため。

神は自身のために私の命を欲しはしない。

神その人のために死んだのは、

今までも、

これからも、

私が羨んでならない、

顔も知らない、

名前もわからない、

あの男だけなのだろう。

―――貴方は、自分が何を失うのか、ご存じないのだ。

けれど。

…ああ。

それでも。

できることなら、

一度、

私を見てほしかった。



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