
仮面
Because it’s you.
「あ、ニアからですよ」
画面に映った装飾文字を見た松田が声をあげた。
相沢たちとキラ事件の資料を開いていた月は、その言葉に頭をあげた。
本部には全員が集まっていた。
リュークも松田の隣で一緒になってモニターを覗いたりしている。
「大変ですねぇ…久しぶりの休み空けにすぐニアだなんて…」
実際はその休み中にまさにニアとやりあっていたのだが、
なにも知らぬ松田は月に同情しているようだ。
立ち上がった月はモニターの前にやってくると、
Lと書かれたマイクのスイッチを押した。
「はい、Lです」
『ニアです。ご無沙汰してました』
「へ~っニアもご無沙汰なんて言葉使えるようになったんですね」
皮肉がわからない松田がまたピントのずれたことを後ろでつぶやいた。
「どうかしましたか」
月も負けずとしらをきる。
ニアもどうせ他の捜査員の前でキラが尻尾を出すなどとは思ってはいない。
これは「L」に対する電話だ。
『実は私は今、前Lの指揮した捜査本部にいます。ご存じだとは思いますが』
「そうだったんですか?よく入れましたね。
あそこのセキュリティはかなり厳しかったと思いますが」
『…Lから、…失礼、前Lから招待されていたんですよ。
ところで本題に入りたいんですが、…』
ニアがわずかに逡巡したことに気付いて月は内心ほくそ笑んだ。
『…現在逃走中のメロのことなんですが』
やはりそれか。
「メロがどうかしましたか」
相沢たちがその名に反応して月のまわりに集まった。
『現在日本にいます』
「…知っています」
「えっ、そうだったの?さすがは月君」
「黙ってろ松田」
『夕べ捕まえたんですが、…取り逃がしました』
「えっまた…?」
「不甲斐ないですね、ニア」
『はい、返す言葉もありません』
…ニア…何を考えている…?
月は眉根を寄せた。
メロは今、マットと共に廃棄された倉庫にいる。
もちろん、がんじがらめに拘束されて。
…運がよかった。
メロの行動は月の予想通りだった。
マットを移動させるという情報をわざと通信記録に残しておいたのだ。
予定では、そのままやってきたメロをマット共々殺すつもりだったが…
もっといい事を、思いついた。
ニアは当然、メロがキラに拘束されたと考えて電話をかけてきたはずだ。
キラがかけてくるのを待たずに、ここへかけてきたところから見て、
相当あせっているのだろう。
もちろん、昨日のキラの要求を再考したはずだ。
他の誰でもない、同じLの後継者であるメロだから、
ニアは取引に応じる気になったのだろう。
しかしもう遅い。
こうなったらニアもメロも、一緒に始末してやる。
「…我々にどうしろと?」
『それが先ほど、メロから連絡がありまして』
「!」
まさか。
通信手段など与えていない。
僕を揺さぶって他の連中の前で尻尾を出させるつもりか?
「それはそれは。追う者と追われる者なのに、
まるで協力しあっているようですね」
後ろで相沢と模木がうなずいている。
『あなたに言われたく…
いえ、メロとは単にキラを捕らえるという目的が一致しているだけです。
そのメロが言うには…』
「はい」
『このLの捜査本部には、キラに関する重要データが眠っていると』
そう、持って来るか…。
相変わらず人を食った奴だ。
データの存在を他の捜査員が知っているか、確認するつもりなのだろう。
残念だな、ニア。これは僕と竜崎しか知らないことなんだ。
それに、別に暴露されたところで問題はない。
「そんなはずはありませんね。
前Lが亡くなった時、彼の右腕だったワイミー氏が、
あそこのデータをすべて消去したはずです」
「そうだな…調べられるだけ調べたが、我々の手元に残ったのは紙の資料だけだ。
コンピュータの中にはそういったデータは…」
「うんうん。僕もしっかり見ましたから、間違いありません」
『しかし、実際それらしき物が出て来たんですよ』
「なんだと…」
正直、驚いた。
ニアなら或いは、とは思っていたが、早すぎる。
…竜崎が在処を伝えていたのか…。
『驚かれるのも無理はありませんよ。完璧な隠し場所でしたし』
「どんな…データだったんですか」
『それはわかりません』
ニアがあのスケッチからどう成長したか知らないが、
礼儀を知らぬ子供の無遠慮さと厚顔さは変わっていないだろう。
「我々をからかっているんですか?」
月は苛立ちを押さえて言った。
『いいえ。データには例によってロックがかかっているんです』
「例によって…?」
『いえ、こちらの話です。解除するには貴方がたの協力が必要です。
特にそちらにいらっしゃる捜査員の…夜神月さん。
彼の協力が不可欠です』
「なんだって…」
「……」
「ど、どうして月君を?」
『Lはどうやら彼にもっとも信頼を寄せていたようです。
データのロックを解除するためには、
彼の協力が…正確に言えば彼の存在が不可欠です。
夜神月さんに、こちらにお越しいただけますか』
「…ちょっと待ってください」
ニアとの通信をペンディングにして月は後ろを振り返った。
案の上相沢と模木が顔を強張らせている。
二人が自分を疑っていることは明白だ。
初めて耳にするデータの存在など、信じられずとも無理はない。
ニアの呼び出しは彼らにとってはキラを嵌めるための罠としか映らないだろう。
「どうしたら良いと思いますか。
僕にはニアの言う事が皆目見当つかないのですが。
皆さんの意見を聞かせてください」
「どうしたら良いかと言われても…
ニアは月君がキラだと疑っているのだとしか…。
キラの疑いのある月君を呼び出して尋問しようとしているのでは…」
ためらいがちに伊出が言った。
「え!そうなんですか?…なんて奴だろう、ニア…」
さっきはニアの話をなるほどという顔をして聞いていた松田は、
今度は本気で怒っているようだ。
相沢と模木は黙って汗を浮かべている。
月だけがニアの言う事に真実が含まれていることに気づいていた。
僕の存在が必要…か。
竜崎は記憶のない月を拘束している間、数度に渡って彼の指紋を採取した。
『いい気持ちはしないよ、竜崎だから許すんだからな』
『すみません、だけど月君だから採らせてもらうんです』
『…『月君だから』じゃなくて、『月君がキラだから』とはっきり言えばいいだろう』
『…そういう風に聞こえましたか』
『 それ以外にどう聞こえるっていうんだ…』
データにロックがかけられていることは当然予想していたが、
その一つの鍵が自分の指紋であったとは…。
竜崎のやりそうな事だ。
僕にとって不利なデータを、
僕のいるその場で僕に突き付けよう、というわけか。
面白い。
「ニアの言う事が事実であっても、井出さんの言う事が事実であっても…
どちらにせよニアは僕を尋問する気でしょう。
おそらくLの時のように…
気は進みませんが、僕に疑いを持っている人もいることですし、
…皆さんがその方がいいとお考えなら…」
「月君!まさか!」
「いや、俺はそこまでする必要があるとは…
あのニアは何をするかわからないし」
「そうだな、少なくとも月君一人で行かせるわけには…」
どこまで甘い連中だ。
月は内心舌打ちをした。
僕を疑うなら、ニアに突き出すくらいの事はすべきなのに。
危険は承知でも、月は乗り込んでみたかった。
竜崎が何を残したのか、知りたかった。
仕方ない。
ワタリも知らなかったデータのことを
いまさら僕が知っているというのもおかしい。
「皆さんありがとうございます。…ではニアにはNOという事で…?」
「ああ。今はそれがいいだろう」
「今はって相沢さん…」
月はスイッチをいれた。
「ニア、夜神月の協力ですが、承服できません。
貴方が強引な捜査をする事はよくわかっています。
得体の知れない相手の元へ貴重な捜査員を一人で行かせるわけにはいきません」
『誰が一人でといいました?』
今度は月も驚いた。
「…どういう意味ですか、ニア?」
『言葉どおりの意味です。私は貴方がたと言いました。
ここに来て欲しいのは…4人。
うち一人は夜神月さんである必要があります。
残り3人はどなたでも構いませんが…
Lと一緒に捜査していた方であればよりありがたいですね』
「…了解しました」
「えっ、月君…」
後ろの困惑には気付いたが、ここはニアの提案に乗りたかった。
『では…、明日の朝、10:00に迎えをあがらせます。
あ、それから、ノートは置いてきて下さい…
残ってる捜査員に見張ってもらって。
いいですか』
「…はい」
元よりそのつもりだ。
本部のノートは精巧な偽物だった。
月がとうの昔にすり替えていた。
本物は昨日、隠し場所から掘り出してきたばかりだ。
どうせ、試す事も出来ない連中だ。なら、偽物で十分じゃないか。
「相沢さん、模木さん、松田さん、一緒に来て下さいますか。
伊出さんは残ってノートの見張りをお願いします。
もし我々がニアに不当に拘束されるような事があったらすぐに長官と連絡を」
「わかった」
「月君、ニアなんかの言うなりになって…」
「松田さん、仕方ないんです。
ニアは決して言葉で納得する相手ではありません。
目で見た物しか信じませんよ。彼らは…」
「月君…」
「それからリューク」
「は、はい」
それまでおとなしくしていた死神がビクッとしたように月を見る。
「私たちと一緒に来てくれますか。ニアには貴方の姿が見えない。
もしニア達が我々を拘束するような事があれば、
伊出さんに伝言を頼みたいのですが」
「…わかりました」
「お、珍しくリュークが協力的だな。よしよし、後でリンゴたくさんやるよ」
リュークとじゃれる松田を尻目に、月はてきぱきと会合に向けての指示を出しはじめた。